2014年11月23日

良い夫婦の日、実家にて。

いい夫婦の日だなあ、と思いながら、僕はカレンダーとにらめっこする。
抱えていた仕事の締切はとりあえず切り抜けたので、今日は比較的のんびりできるはずだ。ならばたまには実家に帰ってみてもいいかもしれない。父さんと母さんが喜びそうな、お土産でも持って。
ちょうど同居人は仕事で、退屈していたところだったのだ。
早速支度をして、実家に近い路線のバスに乗り込む。途中で降りて、両親ともが食べられる甘さ控えめのクッキーを買った。紅茶と一緒に詰め合わせてもらったので、これだけでお茶の時間を楽しめる。のんびりお茶を飲むのが好きな両親には、ぴったりのお土産だろう。
ここから家まではそう遠くないので、歩いていく。
締切明けに歩く街は明るくて、いつまでも散歩をしていたくなる。僕が生まれ育ったこの街は、人が多くて賑やかで、でも上品だと思う。今度はこの景色を描くのもいいな、などと考えながら行くと、あっという間に実家に到着した。
ドアベルを鳴らすと、中からパタパタと走ってくる音が聞こえる。父さんがいつも「これが可愛いんだよな」と言っていた音。今では僕にも、その意味がよくわかる。「はあい」と戸を開けてくれた母さんは、僕を見て満面の笑みで告げてくれた。
「おかえりなさい、ニア」
「ただいま」
僕もいつも通りに返すと、今度は奥から新聞を持ったままの父さんが出てきた。僕ら家族の名前や声に、この人は敏感に反応するのだ。
「ニア、おかえり。突然帰ってくるなんてどうした?」
「仕事がちょうど終わったから、顔を出しておこうと思ったんだ」
これ、とお土産を差し出すと、母さんが嬉しそうに受け取ってくれる。
「まあ、素敵。今日はこれでお茶にしましょう。そうだ、イリスは仕事かしら。夜にでも都合がよければ、家族みんなで食事をして、それからお茶にするのはどうかしら」
その言葉を聞くやいなや、父さんは電話をしに向かった。すぐに話し始めたようなので、多分イリスは暇だったのだろう。「すぐに来るってさ」と電話を切った父さんは、僕ら兄弟に受け継がれたにんまりとした笑みを浮かべていた。
「じゃあ、お昼ご飯と三時のおやつでいいわね。家族が揃うのなんて久しぶり」
母さんはうきうきと台所に向かう。僕もそのあとについていって、昼食の準備の手伝いをする。手伝いとはいっても、僕は料理が苦手なので、ついでに教わるようなかたちになる。少しはできるようにならないと、同居人に申し訳ない。それに今日は夫婦の日なのだから、僕が動かなければ。
卵をいっていると、そのあいだにドアベルが鳴る。
「たっだいまー!」
元気な声はイリスのものだ。
「おかえりー」
きっと父さんと抱き合っていたんだろう、少し経ってから台所に現れた。
「お兄ちゃん、仕事は?」
「終わったからいるんだよ。さ、イリスも手伝って」
「任せて!」
料理の腕はイリスのほうが僕より上だ。手際よく進める。
出来上がった料理をテーブルに並べて、席について、揃って「いただきます」をいう。
最近の何気ない話なんかをしながら、僕は父さんと母さんの顔を覗き見る。幸せそうで、良かった。もっとも、この二人が喧嘩をしたりすることなんてないのだけれど。僕の中で「いい夫婦」といえばこの人達なのだ。
「そういえば、今日っていい夫婦の日らしいよ。うちのお父さんとお母さんのためにあるような日だね」
同じことを考えていたらしいイリスが、父さんにそっくりな笑顔で言う。父さんと母さんは顔を見合わせて、照れたように微笑んだ。
「いい夫婦か」
父さんがしみじみと言う。母さんもふわりとした笑顔で、
「そうねえ、そうなれて良かった」
と返す。
この二人の間にも、きっと僕の知らないたくさんの出来事があったんだろう。それを乗り越え、時には抱えて、今こうしている。僕も同居人と、いつかはこんな穏やかな生活が出来たらいいと思いながら、実家での食事を味わった。
このあとのお茶の時間で、夫婦の思い出でも聞いてみようか。そうイリスに目で合図すると、にっこりと頷いた。


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2014年10月12日

自由の裏に

人間は死地に追い込まれたとき、一瞬にして物事の本質を悟ることがある。
例えば、それまで自分がいかに恵まれていたか。愛されていて、それゆえに無力であったのだということを思い知らされ、生きるためには強くならなければならないという結論に達する。
問題は、それを悟った上で生き延びられるかということだ。いくら答えに辿り着いたところで、そのまま死んでしまえば意味がない。
オレは生き、その先の道を選んだ。さらに死地に立たされ、生き延びていけば、もっと何かがわかる気がして。
この国で「裏社会」と呼ばれる闇の世界に属し、常に生きるか死ぬかの瀬戸際にありつづけることで、オレは「本当の自由」を探し求めていた。

裏組織の上の奴らの下っ端として働き始めて、もう随分になる。下っ端とはいえ、危険薬物の運搬に関わったり、敵地の偵察をしたりして、そこそこには忙しい日々を送っている。
死にそうになったこともそれなりにあるが、これまでなんとか切り抜けてきた。オレは自分で思っている以上に運が良かったのだと、また一つ悟る。
軍の奴らに捕まりそうになったことも何度かあったが、いつもオレだけは助かっていた。尉官階級くらいの人間となら、闘いになっても渡り合える自信がある。
だが、そうして刺激ばかりを得ていても、次第にそれに慣れて飽きるらしい。ちょっとやそっとのことでは動じなくなったオレは、より危険の伴う仕事を引き受けるようになっていた。
死地に近くなればなるほど、この世のことがわかる。そのはずなのだから、とにかく自分を追い込んで、その上で生還する。死と隣り合わせの状況こそが、オレの求める自由の意味につながるのだ。
そう思って受けた今回の仕事は、危険薬物取引。相手方と取引額で揉めているらしいから、抗争になるかもしれない。オレもナイフを数本携えて、その場所に向かった。そこで繰り広げられる生と死のせめぎ合いは、オレに何かを与えてくれるだろうか。
そう期待してやってきたその場所は、何かの倉庫跡だった。今にも殺し合いが始まりそうな、ピリピリした空気が肌を刺す。やはり揉めているという話は本当だったらしい。念のためナイフに手をかけながら、オレはリーダーが取引を勧めるのを見守っていた。
「指定の額は持ってきただろうな」
「やはりあれでは割に合わない。そちらが用意した分量で決める」
「それでは話が違う!」
一触即発。すぐに闘いに出られるよう、オレはナイフをホルダーから抜いた。
と、その時だった。
「全員、武器を捨てて伏せろ!」
暗い倉庫内が、突然眩しく照らされた。相手かこちらか、どちらかはわからないがへまをしていたらしい。軍に取引現場を抑えられ、完全に取り囲まれていた。
とはいえこちらもおとなしく従いはしない。武器は捨てるどころか構えて、弱そうな軍人に当たりをつけて向かっていく。強行突破だ。
オレはそれができる自信があった。今までもそうだったし、なにより一番近くにいた軍人が、体格の小さな、子供そのものだったからだ。こんな奴を連れてくるなんて、今日はよほど人手が足りなかったんだろうか。
「退け!」
ナイフを振り上げ、子供に向かっていく。こいつを突破しても、向こう側にまだ軍人がいるようだった。死地には足りないが、そこそこの刺激は得られるだろう。そうしてオレはまた生き延びてやる。
そう、そのつもりだった。一瞬にして天と地が逆転するまでは。
転ばされたのだと判断できたときには、顔の真横に何かが突き立てられていた。ライトに照らされて輝くそれは、大きな刃物。ぎょっとするオレに、子供らしい高い声が降ってきた。
「大人しくしてください。逃げようとしても、無駄ですから」
子供なのに、オレよりずっと小さいのに、なぜか抗えない。オレは初めて勝負に負けた。しかも、こんな子供に。信じられなかったが、どうも、そういうことらしかった。

エルニーニャ王国首都レジーナにある、中央拘置所。オレが今いる場所はそういう名前なのだと、目の前にいる線の細い男が告げた。同時に男自身の名前も聞いたが、長いし興味がないのですぐに忘れた。
「君はまだ若い。裏組織の傘下にいたのも、何かわけがあるんだろう」
男はつとめて穏やかにそう言った。だが、オレに応える気はない。
「わけなんかない」
「いや、きっとあるはずだよ。きっかけは……そうだな、君がご両親を喪ったとか」
「!」
応える気はなかったが、オレの「きっかけ」を言い当てたことには驚いた。いや、よくあることを言っただけだろう。親なし子の行きつく先は、この国では施設か軍か裏社会だと相場が決まっている。それを逆にたどっただけだ。
しかし男は、さらに言葉を継いだ。
「君は、もとは裕福な家の子だったんじゃないか? 多分、貴族家だろう。裏組織にいたにしては行儀がいい座り方をしている。幼い頃から躾けられてきたんだろうね」
当たりだ。さっきのようなまぐれ当たりみたいなもんじゃない。この男は、まるでオレの素性を知っているかのように言ったのだ。まさか、名前まで知られてはいないだろうな。
警戒したオレに、男はやはり穏やかに続ける。
「私は君のような子を何人も見ているから、観察していればなんとなく推理できるんだ。その様子を見ると、当たっていたかな」
「……わかったところでどうなるんだよ。今更、良い子になれって? もう遅いよ。オレがどれだけ悪事を働いてきたと思ってる」
投げやりに言い返すと、男は少し考えたふうをみせ、それから「そんなに」と口にした。
「君は君が思っているほど、悪に染まってはいないと思うよ。更生は十分に可能だし、私は君の心をほぐしてくれるだろう人を知っている」
「何も知らないくせに、勝手なことを」
「そうだね、勝手だ。君がそう感じたのなら、そうだろう。でもね、これを私が『考えの自由だ』と主張したら?」
何を馬鹿なことを。こんなのは自由じゃない。オレが求めていたものとは違う。人を型に当てはめることが自由なのか。振り分けられた奴の自由はどうなる。
「……オレは、これからどうなる」
「これまで『勝手』をしてきたことを、反省してもらうよ。この国にはこの国のルールがある。それを無視して自由を主張することはできない」
男はまっすぐにオレの目を見て、そう言った。

それから眠って、起こされて、時間もわからないままに支度をさせられた。そうして看守らしき奴に連れてこられた場所は、面会室のようだった。オレに会う人間なんて誰もいないだろうに、どうしてこんなところへ。
納得できないでいると、部屋に人が入ってきた。一人は暗い青色の髪の大柄な男で、もう一人は赤紫色の髪の子供だった。――そう、子供だ。オレを転ばせ見下ろした、あの小さな子供だった。二人とも揃いの服――この国の軍服を着ている。
「やあ、少年。俺とははじめましてだな」
青髪の男が、やけに明るく笑いながら言った。それからその隣の赤紫の髪の子供が、ぺこりと頭を下げて続いた。
「こんにちは。……ええと、ボクとははじめましてじゃないですよね。昨日の夜、ボクがあなたを捕まえました」
改めて見ると、こんなガキに捕まったのかと、自分が情けなくなる。だってそいつは、男の軍服を着ているのに女の子みたいな顔をして、青紫色の瞳をくりくりさせて、こっちを見ていたんだから。それなのに台詞は「ボクがあなたを捕まえました」だ。間違いなくこいつは、あの子供だったのだ。
オレが言葉を失っている間に、男と子供はオレの正面に並んで座り、何かがびっしり書いてある書類と、全くの白紙と、筆記用具を広げ始めた。これが軍の聴取だか尋問だかいうやつか。だとすれば、この二人はまあまあ偉い人間なんだろう。片方はとてもそうは見えないけれど。
「まず、自己紹介からしようか。俺はエルニーニャ王国軍中央司令部大佐、カスケード・インフェリアだ。それからこっちが」
青髪の男から話し始めて、子供に続きを言うよう促す。子供は緊張しているような、少し震えた声で従った。
「えと、同じく軍曹の、ハル・スティーナです。こういう席は初めてなので、どうぞよろしくお願いします」
「ハル、もっと威厳。未来の大総統の第一歩だぞ、しっかりな」
「あ、すみません、カスケードさん」
なんなんだ、この茶番は。だいたい、この子供が未来の大総統? このカスケードとかいう大佐も、ふざけたことを言うものだ。
……だが、このハルという子供がオレを捕まえたのは事実なのだ。それは、悔しいが、認めなくてはならない。
「で、君の名前は?」
「……どうだっていいだろ、そんなの」
大佐の男が突然こちらへ話を振ってくる。が、応える気はない。オレが顔を逸らすと、今度は子供軍曹があわてたように言った。
「そ、それじゃ困るんです。ええと、あなたの話を元に調書を書かなくちゃいけなくて、それがあなたの今後を決める大事な資料になるんですよ」
「うるさい。オレは何も話す気なんかない。どうせもう自由になんかなれないんだ、今後なんかどうでもいい」
言い捨ててから、ちらりと子供軍曹を見る。苛立たしいくらいに困った顔をしていた。ああ、こんな奴に捕まったと思いたくない。
オレが黙っていると、大佐が子供軍曹の肩をぽんぽんと叩きながら、軽い調子で言いはなった。
「じゃあ、名前はいいや。モンテスキューさんから話は聞いてるし、今はない貴族家で行方不明になった子供がいないか調べて、当たりをつけてみようじゃないか。それまで君のことは、仮にブロンド君と呼ぼう。きれいなブロンドの髪してるからな」
「……はあ?」
勝手に格好悪い名前をつけられてしまった。心外だが、本名を知られるよりはいい。大佐サマの好きなようにさせることにして、オレは引き続き無視をしようと決めた。
「それじゃブロンド君。これからいくつか質問をするから、答えたいと思ったものだけでいい、何らかの返事をくれ。じゃないとハル……スティーナ軍曹が、書類を作れず困ることになる」
知るか、そんなこと。
「お願いします。これクリアできないと、ボク、あなたのこと助けられなくなるので」
助けてほしいなんて頼んだ覚えはない。勝負に負けた時点で、いっそ殺してほしかった。自由を奪われて無様に生きるくらいなら、あの巨大な刃物で切り刻んでほしかった。
何も答えずにいると、話は勝手に進められた。質問をするといった大佐ではなく、子供軍曹によって。
「ええと、ブロンドさん」
アンタもそれで呼ぶのかよ。
「今回の、組織の目的は何でしたか?」
言う必要はない。どうせオレ以外にも捕まっているんだから、そこから情報を得られるだろう。口の軽い奴なら教えてくれるんじゃないか。生憎、オレはそうではない。
「あなたの役割は、何でしたか?」
「あなたのほかに、何人の人が関わっていますか?」
「あなたは、――」
間をあけながら、質問は続けられる。その一切を聞かなかったことにして、オレはこの場をやり過ごそうとした。それでも子供軍曹は、めげずに話を続けていた。子供のくせに、いや、子供だから諦めが悪いのか。
けれどもしばらくすると質問が尽きたようで、さすがの子供軍曹も黙ってしまった。もうそろそろこの面倒な時間も終わるだろう。大佐が時計を見ている。この後の予定とかがあるのかもしれない。なにしろ市民のために働く軍人なのだから、仕事はたくさんあるだろう。
「ハル。俺、ちょっと席外す。すぐ戻るから」
「あ、はい」
やはり忙しいのだ。大佐は席をたって、外に出てしまった。そのまま帰ってくれていいのに。子供軍曹もさっさと出ていったらどうなんだ。面倒になったオレは、つい大きく息を吐いてしまった。
すると子供軍曹が、なぜか困ったように笑ってこちらを見た。
「もしかして、カスケードさん……じゃなくて、大佐がいたから緊張してました? 大丈夫ですよ、あの人、見た目の通り怖い人じゃないので」
「は?」
突然何を言いだすんだ。しかも、見当違いもいいところ。こっちは全然緊張なんかしていなかったし、むしろそれは。
「それ、そっちだろ。さっきからプルプル震えて、犬か何かかよ」
つい、喋ってしまった。ずっと気になっていたのだ。こういう場が初めてだと言っていたが、それにしても震えすぎだろう。子供のくせに無理をするからこうなるんだ。あの大佐はいったい何を考えている?
などと思いながら顔をしかめてみせると、なぜか子供軍曹は嬉しそうに笑いだした。
「な、なんだよ。気でも狂ったか?」
「違いますよ。……やっと喋ってくれたのが、嬉しくて」
なんだ、それ。全然関係ないことを話されて、嬉しいのか。調書だかを書かなきゃいけないんじゃなかったのかよ。捕まったときのことといい、こいつは本当にわからない。
しかも、続けてこんなことを言いだした。
「さっきはボクが質問攻めにしちゃったので、そっちから何かあればどうぞ。答えられることは答えますから」
これは、軍による聴取というものではなかったか。こっちがアンタに質問して、どうなるというんだ。それとも子供で、聴取は初めてだから、やり方をわかっていないのか。いや、それはないだろう。じゃあ、上司がいなくなったから、好き勝手にし始めたのか。これならわからなくもない。緊張が解けて、雑談をしたくなったといったところか。
まあいい。こっちのことを根掘り葉掘り訊かれるよりは随分マシだ。子供軍曹の遊びに、少しくらいなら付き合ってやらなくもない。
「アンタ、歳は? 軍ってたしか、十歳から入れるんだろ。十一、二ってとこか」
口にしてみて、自分の言っていることがおかしいことに気づく。入隊一年か二年で軍曹? いや、伍長入隊ならありえない話ではないはずだ。それに、オレを捕まえたときのあの強さ。只者ではないと思う。……見た目からは、想像できないが。
ところが子供軍曹は、ムッとして返事をした。
「十五です。……たしかに、ボクは小さいけど……」
「え、十五歳? オレと一つしかかわらないのか」
なんと子供軍曹は、思っていたほど子供ではなかった。背が低くて童顔なだけで、十六歳のオレとさほどかわらなかったのだ。膨れた顔は、どう見ても子供なのに。
「それから、ボク、『アンタ』なんて名前じゃないです。ハル・スティーナってちゃんとした名前があるんですよ」
おまけに、「アンタ」呼ばわりされたことが不満だったらしい。人のことは「ブロンドさん」なんて酷くテキトーな呼び方をしているくせに。
「……じゃあ、ハル。本当にオレを捕まえたのは、ハルなのか? そんななりでオレを転ばせるなんて、とてもじゃないけど信じられない」
名前を呼び直して、次の疑問を投げかける。するとハルはあっさりと頷き、答えた。
「間違いなくボクです。転ばせたっていうか、投げ飛ばしちゃったんですけど。おまけに大鎌を床に突き立てて、ちょっと脅しちゃいました。ごめんなさい」
投げた疑問は受け止められた後、変化球で返ってきた。思わず身を乗りだしたオレに、ハルは「わっ」と声をあげる。
「投げ飛ばした? オレを? しかも大鎌が、何だって?」
「だから、そのまんまです。……あの、ボク、人よりちょっと力持ちみたいで。大きいものとか、重いものとか、結構平気なんですよ。さっきここにいたカスケードさんも、大きいので持ち上げるのは難しいですけど、簡単に引きずることができます」
えっへん、とハルは胸を張る。おいおい、かなりでかい部類だったぞ、あの大佐。それが嘘や誇張ではないのだとしたら、こいつに向かっていった時点でオレの選択は間違っていたということになる。悔やむべきはハルに捕まったことではなく、それ以前、ハルなら簡単に倒せるだろうと思った自分の思考だった。
「……強いんだな、ハル」
「自慢じゃないけど、強いつもりです。力だけは」
いや、根性も相当なものだろう。さっきは震えていたが、質問をやめなかったし。今はオレに笑いかけながら話しているし。いつのまにか、オレはハルを認めつつあった。
「でも、力だけ強くても、どうにもならないことのほうが多いんです。ボクは見た目が弱そうだし、班でも階級が下のほうだから、いつもみんなに甘えてしまって。せめてブロンドさんみたいにかっこよかったらなあって思います」
「かっこいい? オレが?」
「はい。ブロンドの髪も、宝石みたいな緑の眼も、かっこいいです」
にっこりとして言われると、さすがのオレも照れくさい。ハルから目を逸らしてみても、頬が熱くてたまらなかった。だからそれをごまかすように、話を逸らす。
「かっこいいかどうかは別として、オレは強くなりたかった。強くないと何も守れない。人も、自分の自由も、何も。オレを押さえつける奴らを振り切って、炎の中に飛び込めたら。それくらい強かったら……」
そこまで言って、ハッとして口を噤んだ。オレは今、何を話そうとしていた? 余計なことを話してしまったのではないか。悪いことに、ハルはその話をしっかりと聞いていた。
「ブロンドさん、何かを守りたかったんですか?」
青紫色の、それこそ宝石みたいな目が、まっすぐにこちらを見ている。捕まったときのような、なぜか抗えない圧力を感じて、オレは黙り続けることができなかった。
「……昔、両親が死んだ。家で働いていた使用人も。家を焼かれて、みんないなくなった」
あの日。一人隠れ、こっそり逃げ出したオレを残して、家族と使用人は皆殺しにされた。
うちはよくある貴族家だった。親は厳しかったし、オレに跡を継がせようと躍起になっていて、正直なところ鬱陶しかった。貴族家なんかに生まれるもんじゃないと心から思っていたし、敷かれたレールの上を歩くだけの自由のない人生なんかまっぴらだった。
けれども家が襲われたあの日、オレの「用意されていた人生」は覆されたのだった。それまでさんざんオレを貴族家に縛りつけていた親は、最期の際になって、こう言った。
「あなたはあなたの好きなように生きなさい」
そうしてオレだけを隠れさせ、外に逃がし、生き延びさせた。爆発し炎上する家を外から見ていたオレは、軍の人間にその場から引き離された。その手を拒むことはできなかった。無力だったから。強くなかったから。
そのときになって悟ったのだ。両親はまがりなりにもオレを愛してくれていたのだと。そしてその愛ゆえに、オレは力なきまま育ってしまったのだと。
そんなふうにして、突然預けられた「自由な人生」を、オレはどう扱っていいのかわからなかった。ただ、もう一度自分を追いこめば、何かが見えるんじゃないかと思うようになった。
「だから、オレは自分を死地に置くために、強さを得るために、裏社会で生きようと思った。常に危険が伴い、いつ死が訪れるかもわからない極限状態でなら、自由の意味を悟れるんじゃないかと思い続けてきた。そうすれば、親から託された自分の自由だけでも守れるんじゃないかって……」
気が付けば、オレは全てハルに話してしまっていた。一旦喋りだすと、止まらなかった。自分がこんなに、自分自身のことを人に話すなんて、機会がなかったから知らなかった。
「……そっか。ブロンドさんは、守りたいものがたくさんあったんですね」
ハルは、凪いだ笑顔を浮かべて、オレの話を聞いていた。さっきまで子供だと思っていたのに、今はまるで、全てを包み込むように――母の最期のように、微笑んでいた。
「それならやっぱり、ボクはブロンドさんを助けたいです。それがどんなかたちであれ、何かを守りたいって気持ちは、ボクら軍人も持ってるものです。原動力です。……あなたのしたことは、この国のルールでは許されないことだから、相応の罰を受けなくちゃならない。でもそれが終わったら、ブロンドさんはきっとこの国のルールの上で、ちゃんと自由を得られると思うんです。死にそうな目になんて遭わなくても、ブロンドさん自身の自由の意味を、ちゃんと見つけられるはずだと、ボクは思います」
話してしまったことへの後悔はなかった。清々しささえ覚えていた。ハルが受け止めてくれたからだろうか。オレが自由の意味を見つけられると、言ってくれたからだろうか。
「できると、思うか?」
「できますよ。……ボク、ちゃんと自由になれた人を知ってますから。確信を持って言えます」
「じゃあ、その、……オレが助かるために、さっき訊かれたことに答えたほうがいいのか?」
「話してくれるなら」
ハルはにっこりと頷いて、手元の白紙、いや、さっきまで白紙だったはずの、大量に字が書きこまれた紙を捲って、新しい白紙を出した。なるほど、「未来の大総統」か。侮れないな。
「それでは、ブロンドさんの本名からお願いします。そろそろちゃんとした名前で呼ばせてほしいので」
「オレの名前は――」

* * *

ハルが聴取を終えたところで、カスケードは面会室に戻ってきた。すぐに戻る、というのは、嘘を吐いたつもりではなかったのだが、相手があまりにハルに対して打ち解けているようだったので、少し任せてみることにしたのだった。
拘置所を出たところで、ハルはカスケードに「遅いですよ」と文句を言ったが、機嫌を損ねてはいないようだった。むしろ彼と話ができて、嬉しかったようだ。
「アーレイドとそっくりだったもんな、あいつ」
「そうなんです。見た目も経歴もよく似てました。軍に行くか、裏社会に行くかという選択の違いだけで、考え方も一緒で。……だから、絶対に助けたいなって思ったんです」
ハルの相方であるアーレイドが両親を喪った頃、同じやり口で貴族家が襲撃される事件が立て続けに起こっていた。彼もまた、その被害者の一人だったのだ。名前がわかったことで、過去に彼が巻き込まれた事件のこともすぐに調べることができた。余罪は多いが、情状酌量の余地もありそうだ。
「しばらくは不自由かもしれません。でも、これからはきっと良い方向を自分で選んで、進めると思います。アーレイドがそうだったんだから、間違いないです」
笑顔で言いきったハルの頭を、カスケードがくしゃくしゃと撫でる。と、ちょうどそこへハルを呼ぶ声がした。自分で捕まえた人物を自分で聴取したいと言ったハルを、やはり心配していたのだろう。わざわざ仕事を抜け出して、アーレイドはここまで迎えに来たらしい。
「ハル、大丈夫だったか? 相手の奴、乱暴にしたり……」
「しないよ。捕まえたときから、そんな感じしなかったもん。アーレイド、ボクの後ろで見てたのにわからなかった?」
焦るアーレイドに、ハルは余裕の笑みで言う。それから、「あのね」と切り出した。
「アーレイドは、もう大丈夫だよね」
「何がだ?」
「わざと危ないことしようとしたり、死んじゃうかもしれないようなことしたり、しないよね」
突然の言葉に、アーレイドは面食らう。だが、すぐに笑顔で返事をした。
「自分からそうしようとは思わない。それで本当に死んだら、ハルと一緒にいられないだろ」
「そうだよ。ボクが大総統になったとき、それからそのずっと先も、アーレイドが傍にいてくれなきゃいやだからね!」
勢いよく抱きついてきたハルを、アーレイドは思い切り抱きしめ返す。そんな二人を見ていたら、カスケードも安心した。ハルの確信は、きっと現実になる。他でもないハル自身が、現実にするのだろう。
「お二人、俺は置いてけぼりか?」
「いいじゃないですか。カスケードさんが『遅くなるかも』って電話してきたとき、こっちはハラハラしてたんですから」
「もしかしてアーレイド、ボクのこと気にしすぎて追いだされてきたの?」
「いや、まあ……迎えに行きたいって言ったら、あっさり送りだされたけど」
二人は、そしてハルと出会えた彼も、これから先の道を自分で悩みながら選び、より良いほうを目指していくのだろう。それは誰かに従うだけの人生じゃなく、自由を掴みとっていく、彼ら自身の人生だ。



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2014年07月18日

38年越しの約束

波が砂をさらっていった。つい今まで描いてあった絵が、あっという間に消えた。けれどもそれを惜しむことなく、寧ろ嬉しそうに笑っているニアとイリスは、きっと良い被写体なのだろう。さっきから隣にいるこの人は、カメラのシャッターを切る手を休めない。
「もう、いっそ動画にしたらどうですか。フィルムもちませんよ」
俺が半分呆れて、半分羨んで言うと、この人――カスケード・インフェリアは、こちらを向いてにんまりと笑った。
「予備はたくさんあるから心配ない。今日のために、随分準備してきたんだ」
「……そうみたいですね」
そういえば、何が入っているのかわからない奇妙なバッグが一つあった。もしかしてあの中身は、彼が愛してやまない家族の笑顔を残しておくための道具が大量に詰め込まれていたのだろうか。たぶん、間違いないだろう。
「そろそろお昼ご飯にしましょう。ニアとイリスは、一度戻ってらっしゃい。カスケードさんとラヴェンダはちょっと支度を手伝って。ルーファ君はどうぞ座って」
シィレーネさんが、レジャー用のテーブルの上に昼食を広げ始めた。ここに来る途中で買ってきたものだが、今日のメインは「インフェリア家がみんな揃って海に来ること」だから食事はなんでもいいのだ。正直、こうして出来合いのものを広げるだけの方が、辛いものが少なくて胃に優しいかもしれない。
「ルー、あとで車から僕の画材出してきて」
「わかった。イリスは何か必要なものあるか?」
「ボール。お父さんと遊ぶ」
「よし、全力で遊ぶぞ! カメラはルーに預けるからな、よろしく」
「わかりました」
「あんた忙しいわね、雑用係。私には本を頂戴」
各々席につきながら、俺への注文を言ってくる。今日はこういう役回りのために連れてこられたのだから、これが正しい。
「何から何まで大変ね。ありがとう、ルーファ君」
「いいえ。シィレーネさんもどんどん言いつけてくれてかまいませんから」
ほんの少しだけ申し訳なさそうなシィレーネさんに、任せろ、という態で胸を叩いてみせる。するとニアが「頼もしいねー」と呟きながら、サンドイッチに手を伸ばした。自分で食べるためではなく、カスケードさんに差し出すためのものだ。
「はい、父さん。誕生日プレゼント」
「え、それで終わりか?」
「冗談だよ、本当のプレゼントはこれから描く」
平和な一家団欒。インフェリア家当主の誕生日を祝う、海までの旅行。そこに俺、ルーファ・シーケンスが加わっているのは、運転手兼雑用係をするためだ。カスケードさんがぜひにと言ってくれたおかげで、こうして笑顔の家族を見ることができている。
そう、今日は七月十八日。カスケードさんの五十五歳の誕生日なのだ。この歳になっても、この人は本当に元気だ。娘と浜でおそらく非常にアグレッシブになるであろうボール遊びをすることができるくらいには。
俺もニアからサンドイッチを一つ受け取って、礼を言ってからかぶりついた。トマトとチーズが美味い。これが本日の駄賃だろう。
あとは、幸せそうな一家を眺めているだけで、俺も満足できる。

いつもの年の今日なら、ニアが実家に絵を持って帰って、カスケードさんに贈るのが恒例だ。でも、今年は時間にも少し余裕ができて、イリスもレヴィのおかげで休みがとれたので、大陸の中央部からはるばる海までやってきた。
エルニーニャ領には、ほんの少しだが、海に接しているところがある。かつて北国や西国と談話を重ね、手に入れた土地だという。けれどもやはり遠いので、人はほとんど来ない。領海も狭いので、海産物が多くとれるというわけでもない。つまりはよほどの理由がなければ、誰もここを旅の目的地には選ばない。そうするくらいなら、隣国へ行ってしまったほうが手っ取り早いのだ。
それでもインフェリア一家が、というよりは、ニアが「今年こそはここに行こう」と言いだしたのは、いつか聞いたカスケードさんの過去に由来している。まだ若かった彼は、親友と二人でこの場所に来たことがあるのだそうだ。そしてそれが、親友と過ごした最後の誕生日になった。その翌年の春、親友だったというその人は、命を落としたのだ。
時をこえて、その人の名前は息子であるニアに託された。だからなのか、ニアには父親に対してある種の使命感がある。海に連れてきたのも、その一つだ。
やっと実行できるだけの大人になって、時間もつくることができた、今だからこそ。いつかカスケードさんが親友と見たであろう景色を、もう一度見せてあげたかったのだろう。
「もう随分と前のことだから、あの時に見た景色と同じかどうかはわからないけどな。俺はニア……親友のことばかり見ていたから、あまりあのときの風景を憶えていないのかもしれない」
この場所に到着した時、俺が感想を聞いたら、カスケードさんはそう言った。目の前に広がる海と同じ色の目をして、遠くを見つめながら。その視線の先には、今はもういない、親友の姿があったのかもしれない。

昼食を終えてから、俺は片づけがてら、一家から頼まれたものを車から出した。ニアにはこの風景を描くための画材を、イリスには父親と遊ぶための道具を。そして意外にも海風が涼しかったので、シィレーネさんのためにストールを。そうそう、ラヴェンダから本も頼まれてたんだ。
そうして戻ったら、荷物を全て一家に渡して、かわりにカメラを受け取る。カスケードさんやレヴィほど上手くは扱えないが、俺も一家の幸せな思い出を残したい。
海に向かって、絵を描き始めたニア。その傍らで、本を手元に置いたまま談笑するシィレーネさんとラヴェンダ。少し遠くに、浜辺を走り回りながらボールを投げ合うカスケードさんとイリス。こんな光景、若い頃のカスケードさんは想像できただろうか。
いや、きっとかつてのあの人が本当に望んでいたのは、もう一度親友とこの風景の中にいることだっただろう。二人でここに来て、海を見て「君の瞳の色だ」と言ってもらうことを夢見ていたはずだ。それはもう叶わなくなってしまったけれど、それでもカスケードさんは笑顔だ。
喪ったものは大きかったけれど、得たものもまたたくさんあった。今ここにいる家族は、カスケードさんが手に入れた幸せに違いないのだ。
「ルー、ちゃんと撮れてるか?」
声がこちらに投げかけられる。
「撮れてますよ、たぶん」
俺も向こうへ返す。
あの人は、まるで俺も一家の一員であるかのように、声をかけてくれるのだ。俺がニアと出会ったころから、ずっと。
ファインダー越しに、海を見た。いつも見ている色があった。ニアの、そしてカスケードさんの、あの優しい瞳の色だ。きれいだなと思いながら、家族全員が一枚の写真におさまるようにして、シャッターを切った。

ニアの絵は、ちゃんとその日中にできあがった。どこまでも広がる海の絵だ。水に遊ぶイリスやラヴェンダ、シィレーネさん、それを見ているニア自身もいる。嬉しいことに、俺もその絵の中に加わっていた。
それから、寄り添うように描かれた二人。カスケードさんと、緑の髪の人物。その人のことを、俺もニアも写真でしか見たことがない。けれども、たしかに今日、ここにいたかのように描かれていた。
「……そうか、ちゃんと一緒に来られたんだな。約束は果たせたのか」
カスケードさんが絵を見て、そう言った。どこか切なげで、けれどもたしかに嬉しそうな笑みを浮かべて。
「僕、ずっとそんな絵を描きたかったんだ。父さんと親友のニアさんが、一緒にいるところ。二人で来ようって約束したこの海で」
ニアが今日ここに来た真の理由はこれだろうか。本物を見るために、カスケードさんの笑顔を見たいがために。この場所に家族で訪れたのだろうか。
「親友のニアさん、ホッとしてるかもしれませんね。カスケードさんが、こうして家族と平和な日々を送っていることに」
俺はほとんど何も考えずに、そんなことを言ってしまった。俺に何がわかるというわけでもないのに。でもカスケードさんは「そうだな」と、微笑みながら返してくれた。
「俺の親友のニアは、そういうやつだ。俺のことで笑ったり、怒ったりしてくれるやつなんだ。だからきっと、俺が家族を持てたことも喜んでくれている」
そこへラヴェンダがわざと意地悪く言った。
「私のことは恨んでるかもしれないわよ。クローンを作って、もう一度死なせたんだから」
しかしカスケードさんは首を横に振って、「そんなことはないさ」と言った。
「ラヴェンダは普通の女の子になっただろ。そんな子を、ニアが恨んだりするはずない」
「……そうかしら」
顔を隠すように寝袋にもぐりこんでしまったので、ラヴェンダが何を思っているかは、俺が正確に知ることはできなかった。でもきっと、ほんの少し照れていたんじゃないかと思う。そしてほんの少し、申し訳ないと思っていたんだろう。
「お父さんとニアさん、誕生日も近かったんだよね。たしか、ニアさんは二十二日だっけ」
「ああ。よく憶えてたな、イリス。そうなんだよ、奇跡みたいだろ?」
「だから一緒にお祝いしようと思って、この海に来たんだよね。十七歳の誕生日に。その時のこと、今日は思い出せた?」
イリスが、父と兄によく似た笑顔で言う。同じ顔で、カスケードさんは頷いた。
「ニアの表情なら、はっきりと思いだせる。あのとき何を話したかも。……また海を見に来ようって約束、あれから随分と経ったけど、果たせるようにしてくれて、ありがとう」
カスケードさんと同じように、きっと俺も今日のことを忘れない。ニアたち家族と、この場所に来て、一緒に笑ったこと。また今度、ニアと来ようと思ったこと。それを必ず果たすこと。大事に憶えておきたいと思った。
「ここの夕焼け、綺麗だっただろ。朝焼けもすごく綺麗なんだ。それを見るために、今日はもう休もうか」
目を閉じると、心の中に焼き付けた夕方の景色に、誰かが立っているのが見えた。その人が穏やかに微笑んで、「ありがとう」と言った気がした。



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2014年07月03日

彼の伝説の一端

お兄ちゃんは十歳で司令部を制圧しかけ、十五歳で他国軍と渡り合い、二十六歳で数多の功績を残して軍を退役した。まさにわたしの自慢の兄なのである。
その力からお兄ちゃんを「兵器」と呼ぶ者もいるが、わたしはその呼び名が好きではない。兄は機械などではなく、優しく厳しい、とても人間らしい人なのだ。
わたしはそんなお兄ちゃんが大好きだ。
「イリス。この仕事が終わったら、ニアの武勇伝聴かせてやろうか」
「! 聴きたい!」
いつものようにレヴィ兄が私を大総統補佐として働かせていたとき、そんな素晴らしい提案があった。わたしはお兄ちゃんがどんな活躍をしてきたのか、実は詳しく知らないのだ。一緒に軍で働いた時期もあったけれど、階級が違いすぎて同じ任務にはつけなかったし、そもそもわたしが入隊した頃には、お兄ちゃんはとっくに多くの軍人たちにとって「雲の上の人」だったのだ。
その一端でも知ることができるなら、願ってもないことだ。
わたしは自分にしては驚くべき速さで仕事を片付けると、レヴィ兄に話をねだった。少しもったいぶったあと、レヴィ兄はその物語を聞かせてくれた。
「あれはニアが大佐に昇進して、しばらくしてからだったかな。オレたちの班はとっくに解散していて、それぞれで部下を持って新しい班を立ち上げなくちゃならないってことになったんだ」
それは「人間」であり「上司」であった、ニア・インフェリアの物語。わたしが今まで知らなかった、「問題児集団インフェリア班」のはじまりの話。

それを決めたのは、他でもないルー兄ちゃんだったという。
「ニアに担当してほしいのは、このメンバー。どれも一度は名前を聞いたことがあると思う」
「……あるけど。全員何らかの問題行動を起こしてるからだよね?」
ルー兄ちゃんがお兄ちゃんに渡した新班の人員リストには、当時「問題児」と呼ばれていた面々の名前が連なっていた。町で喧嘩騒ぎを起こした者、訓練に参加せず勝手な行動をとっていた者、デスクワークには一切手をつけない者、他人と関わろうとせず任務中に許可なくその場を離脱した者……問題行動を挙げればきりがない人物ばかりだった。
わざわざそんな人物を選りすぐってお兄ちゃんに任せたルー兄ちゃんの考えは、わたしにはなんとなく想像がつく。かつてお父さんが、問題を抱える人間ばかりのグループを仕切っていたからだ。だからお兄ちゃんにもできるのではないかと思ったのだろう。
インフェリア家の人間の持つカリスマ性。これは時々わたしも耳にする話だけれど、どうもそういうものがあるらしい。わたしの同僚たちもわたしに対してそんなことを言うけれど、自分ではよくわからない。きっとお兄ちゃんも、自分自身では実感がなかっただろう。
「僕に扱いきれると思う? ただでさえ、見た目では軽く見られがちなのに……」
「実力は上の上なんだから、こっちから見せつけてやればいいじゃないか」
わたしから見ても、正直お兄ちゃんの外見は華奢で、背もそんなに高くない。お父さんから譲り受けた大剣を持てばそれなりに風格が出るのだけれど、普段はルー兄ちゃんやレヴィ兄の方が、見た目からしてインパクトが大きいので、その陰に隠れてしまっていた。
インフェリアの子のくせに「もやし」だ。それがお兄ちゃんの功績をよく知らない人からの、よくある第一印象だった。たとえ知っていても、お兄ちゃんを見た瞬間にその事実を疑ってしまうのだ。
わたしには十分かっこいいお兄ちゃんなのに、それをわかってくれる人は少なかった。
そして案の定、お兄ちゃんはその新しい班の人員になめられることになったらしい。
「こんな弱そうなのがリーダーとか、ありえねぇんだけど」
かたちだけでも結成された班の、メンバーからの第一声はこれだった。しかも彼らは、まるでお兄ちゃんのいうことを聞く気なんかなかった。
その場にわたしがいたら全員シメてるのに! と思ったけれど、当時のわたしは入隊したてのヒヨッコだったし、たとえ彼らに勝てる実力があったとしても、そんなことをすればお兄ちゃんが許してくれない。今だって、わたしが暴れると叱るのだから。
「こんな見た目だけど、階級は君たちより上だ。だから僕の最低限の指示には従ってほしい」
もちろんのこと、お兄ちゃんはそう言い返したそうだ。でも、問題児たちが簡単に「はいわかりました」なんて大人しくなるはずはなかった。
お兄ちゃんが班を持ってしばらくは、彼らは勝手な行動を繰り返していた。器物損壊など他人に迷惑をかけるようなことがあればお詫び行脚をし、お兄ちゃんの名前で責任をとった。彼らはそれをいいことに、さらに問題を起こし続けた。始末書を作ることすらしない。たとえきちんと作っていたとしても、追いつかないほどだったそうだ。
「どうしたら僕の話を聞いてくれるんだろうね」
当時、お兄ちゃんは何度もルー兄ちゃんやレヴィ兄に相談したらしい。果ては、外国にいるダイさんにまで。けれども毎回、結論は同じだったという。
「ニアが実力を見せてやればいい」
ただ、それだけ。お兄ちゃんは自分の実力に限界を感じていたから相談したのに、周囲は「まだニアは本気じゃない」と信じていたのだ。
あとでこの話を聞いているわたしだけれど、わたしも多くの人と同意見だった。このときのお兄ちゃんは、まだ本気じゃない。彼ら一人一人と地道に向き合う方法を探るあまり、下手に出ていたのだと思う。
本来の、現在のわたしがよく知るニア・インフェリアは、そんな人間じゃない。もっともっと、したたかだ。
状況を変えたのは、まさにお兄ちゃんがその実力を見せつけたときだった。
班がまとまらないまま、お兄ちゃんはある事件を担当することとなる。それはよくある突撃で、班員たちも「とりあえず邪魔な奴をぶっ潰せばいいんだろ」くらいにしか考えていなかった。
しかし、まとまりのないままで取り組むには、それは危険すぎる任務だったのだ。
力自慢の者には、初めての力で敵わない相手。小賢しい者には、初めて頭脳で敵わない相手。逃げだそうとする者には、初めてその道を絶つ相手。「邪魔な奴」は、彼らにとっての天敵ともいえる存在だったのだ。
それらを全てねじ伏せ、彼らを救ったのは、これまで彼らが完全に侮っていた人物。班を率いるニア・インフェリア大佐だった。
きっとそれは圧巻の光景だったはずだ。大剣を手に、幾人もの強力な敵を薙ぎ払う青い獅子。深海の色の瞳に捉えられた者は、身動きができなくなる。おまけに班が機能した時としなかった時、一人でどれくらいの人数を抑えられるかなど、経験に基づいた緻密な作戦が幾重にも練られていた。頭脳も、戦いの技術も、ニア・インフェリアはまさに「上の上」だったのだ。
任務が終わった後、お兄ちゃんは班員に告げた。
「何も考えずに好き勝手やっていたらどうなるか、これでわかったんじゃないのかな。君たちはまだ子供だ。判断は甘い、攻撃力もない、まったくの力不足だ。軍人という肩書だけに頼った、弱い弱い人間だ。でも、君たちが強くなれる要素はちゃんとある。そのために学べ。僕が叩き込んでやる」
そのときの迫力は、想像するだけでもぞっとする。暗青の髪を風になびかせ、深海の瞳で睨まれたら、ましてその真の実力を十分に見せつけられたあとなら、誰だって「この人には勝てない」と思う。
わたしも未だに、お兄ちゃんに勝てないのだ。その目の力に、纏う気迫に、「超えられない」と覚ってしまう。
彼らもきっとそうだった。だから以降はおとなしくなったのだ。そしてお兄ちゃんは、突然、鬼のように厳しくなったのだ。
お兄ちゃんもまた、その任務を通じて、彼らには経験させることで軍人としての意識を叩き込まなければいけないと感じたのだろう。

「……で、ニアが将官になるころには、インフェリア班は確実な仕事をする最強の班になっていた。もともと腕っぷしや頭の良さには自信のある奴らだったから、意識さえ変えれば、軍人としてきちんと働けたんだ」
レヴィ兄はそう締めくくった。ああ、まさに「武勇伝」だ。実にお兄ちゃんらしい話だった。お兄ちゃんは機械ではなく人間だから、自分の力で成長することができるし、誰かを成長させることだってできるのだ。
「お兄ちゃんはやっぱりかっこいいなあ。リーダーなんて、わたしもいつかやってみたい!」
「そのうちやらせてやるよ。まずはルイゼンの階級が順調に上がってからな」
「やっぱりすぐには無理か……」
そしてこれは、ニア・インフェリアの持つ数々の武勇の一端に過ぎないのだ。もっともっと、お兄ちゃんがその力を発揮してきた場面はあったはずだ。だって、あんなに退役を惜しまれたんだから。
「だからさ、イリスもただやみくもに暴れてちゃダメだぞ。ちゃんとニアみたいに計算しないとな」
「計算が苦手なレヴィ兄に言われたくないなあ」
お兄ちゃんは、わたしの目標であり、いつか超えるべき人物であるとも思っている。そのために必要なのは、武勇を積むことじゃなく、わたしがわたしらしくいること。わたしが自分の力を理解して、上手に使えるようになることが大事だ。いつかお兄ちゃんが、そう言っていた。
わたし、負けないからね、お兄ちゃん。年齢では絶対に追いつけないけれど、力では追い抜いてみせるから。
「良い話も終わったし、そろそろニアのとこ行くか。イリス、プレゼント用意してるんだろ?」
「もちろん! 大好きなお兄ちゃんの誕生日だもの」
とりあえず、これから行くね。そして、この世に生まれたことを思いっきりお祝いしてあげる。わたしのおにいちゃんでいてくれてありがとうって、早く伝えたいんだ。



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2014年05月10日

中央司令部女装大会

フリルをふんだんに使った、ふわふわふりふりのワンピース。アーシェにとても似合いそうなそれを、何故か彼女が持って、ニアに迫っている。
「ね、これとかとっても似合うと思うの! それとも、もっと可愛いのがいい?」
目をきらきらさせているアーシェに、ニアはたじろいでいる。さっきから「えー」とか「あー」とか、言葉にならないことを繰り返している。しかしそこにはちゃんと意味がある。「似合うはずないよ」という意味が。
アーシェを貶しているわけではない。この可愛らしい服がアーシェの身を飾るのなら、ニアだって「いいと思うよ」と即答する。そうではないから、言い淀むのだ。しかしながらアーシェのセンスを否定することもできず、言葉が出ずにいるのだった。
「ニア君、試しに着てみて! 絶対にピッタリだから!」
「いや、僕はちょっと……」
「お願いだから!」
いったい誰に似たのか、彼女は見た目に反して強引なのであった。
そしてそんな彼女を誰も止めないのは、彼女に逆らえないからというだけではない。ふわふわふりふりのワンピースをニアが着ているところを見たい人間が、彼女以外にもいるからである。
「ニア、一回着るだけなんだからいいじゃん」
「レヴィがカメラ構えてるから嫌なんだよ! 保存する気満々じゃないか!」
「焼き増し頼むぞ」
「ルー、変な期待やめてよ!」
ニアの女装姿は、可愛いニアが大好きなルーファとレヴィアンスもぜひ見たいと思っている。レヴィアンスなど、ここぞとばかりに写真撮影の趣味を役立てようとしている。おそらく写真はルーファだけでなく、遠く離れているダイのもとへも届くのだろう。だからこそ、ニアはアーシェの暴挙を許すわけにはいかないのだ。
「アーシェちゃん、僕は男だよ? そんなことさせて楽しい?」
「楽しいに決まってるじゃない。ニア君はおば様に似て可愛いから、絶対にこのワンピースを着こなせるわ」
しかしこのアーシェが折れるはずもなく、結局ニアには「諦める」という道しか残されてはいないのだった。

そもそもの発端は何だったか。ことは、アーシェが依頼任務の報酬の一部として、大量の古着を貰ってきたことに始まる。いや、実際は古着なんて言葉では済まされないくらいのブランド物ばかりだった。
いくら高級なものでも、たくさんあっては困ってしまう。軍に所属する女性たちに譲ったりもしたが、それでもいくらかは余ってしまった。普段着るには華美なワンピースドレスなど、使い道が見当たらない。もっとも大会社の社長令嬢であるアーシェの場合は、着る機会がなくもないのだが。それでも全てを着こなすことはできないので、有効な利用法がないものかと考えていたのだった。
男子たちの何気ない雑談が耳に入るまでは、本当に困っていたのだ。
「ニアってお母さん似だよな。色こそカスケードさんと同じだけど、顔立ちは男にしては可愛いというか……」
「童顔なんだよね。ボクも色々ニアに関する噂は聞くよ。男女ともに可愛いと評判」
「僕にとってはあんまり嬉しくない話だなあ……」
この会話を聞いたとき、アーシェの頭の中は花が一斉に咲き誇ったようだった。これは名案だという確信があった。そうしてすぐに衣装を一着持って来ると、ニアのところへまっしぐらに走ってきたのだった。

相手が自分の思い通りになったことに、アーシェは実に満足気だった。ついでに、ルーファとレヴィアンスも心の底から感心していた。まさか女性の衣服が、男であるはずのニアに、こんなにも似合うとは。
軍人になってから随分経っているにも関わらず、ニアは華奢だ。筋肉がまったくついていないわけではないが、同じだけこの仕事をしているルーファや、年下であるはずのレヴィアンスに比べても細い。こういうところはどうやら父に似なかったらしい。
おかげでアーシェの見立てが大当たりだった。いかにも女の子らしい装いも、ニアはほぼ完璧に着こなしてしまうのだった。
「うーん、やっぱり男の子ね。思ったよりは肩幅があるみたい」
「でしょう? だからこんなことはやめようよ」
「でも気にならない程度だな。アーシェは流石だ」
「モデルさん、ポーズお願い!」
「ルーとレヴィはあとで大剣で叩くね。もういいでしょ、脱ぐよ」
ニアが溜息を吐きながら衣装を脱ごうとした、その時だった。ドアが何の声掛けもなく開いた。――描写するのを忘れていたが、ここはエルニーニャ王国軍中央司令部の第三休憩室であり、現在は昼休みである。
「あらまあ、可愛い!」
「何してんの、君たち……」
「お、新しい遊びか?」
オリビア、ドミナリオ、ホリィの同期三人衆が、この時間をのんびり過ごそうと思って入って来ても、何の不思議もないというものだ。寧ろ、来たのが知り合いでまだ良かったと言えるだろう。知らない人が見たら、ニアの性癖が疑われることになっていた。
「いや、これはアーシェちゃんが!」
「そうそう、アーシェの見立てでね。すっごく可愛いでしょ?」
「このあいだの古着、何かに使えないかなと思って。ニア君を見てピンときたんです」
慌てるニアに、何故か得意げなレヴィアンス、目を輝かせているアーシェに、ニアに見惚れるルーファ。この光景を見た先輩たちは、三者三様の反応だ。そう、いっそ全員が、ドミナリオのように引いてくれれば良かったのだ。あるいは、ホリィのように笑って流してくれれば、それで済む話だった。
「これは一大イベントにできるわね。まだ衣装、余ってるんでしょう? ニア君一人で遊ぶのもいいけれど、他の人も参加させてみたいと思わないかしら?」
オリビアがこんなことを言わなければ、その場限りの辱めで終わったものを。
「モデルさんをもっと増やして!」
「どうせなら、メイクもしちゃったりして!」
「え、あの、アーシェちゃんとオリビアさんは何を言って……」
ニアが戸惑う中、女子二人の話はどんどん進んでいく。そしてついに、この台詞が出てしまった。
「やりましょう、中央司令部女装大会!」
第三休憩室から、悲鳴があがった。

「また変なこと考えて……」
この企画を聞いたグレイヴは呆れかえっていた。しかし、まるで興味がないというわけではなさそうだ。目が男子を追いかけている。
「で、ニアはそれを了承したの?」
「みんなでやれば怖くないよって、説得したよ」
「みんなって誰よ。まさかルーファやレヴィにもやらせるの? あのあたりは無茶じゃない?」
「うん、だから女装が似合いそうな人にやってもらうの。私の持ってる可愛い服を着こなせそうな人を飾りたてて、優勝チームには賞品を用意するんだよ」
アーシェたちはもうすっかり企画を立てて、司令部中に広めているようだった。女子は大盛り上がり、男子も一部は期待しているという。
チームは基本的に二人以上の組だ。女装をする男子一人と、それを飾りたてる人々。アーシェはニアと無理やり組んで、オリビアはドミナリオを捕まえているという。他にもあちこちで、アーシェから衣装を貰った女性軍人たちが張り切っている。
「グレイヴちゃんもやらない? きっと楽しいよ」
「まあ、女装させられる側が納得するならいいけれど……」
ニアとドミナリオは絶対に納得していないだろうなと思いつつも、グレイヴはアーシェの誘いを断ることができない。昔からそうなのだ。
ちょうどいいところに、モデルに適していそうな人物が通った。
「あ、パロットさん。女装しませんか?」
「え?」
彼なら美人に仕上がりそうだ。

ドミナリオは必死で抵抗していたが、軍人学校時代からオリビアには勝てないと刷り込まれているおかげで、それも無駄になった。おまけにホリィが「オリビアのやることには基本的に反対しないぞ」と明言してしまったために、逃げ場はなくなった。
「……屈辱だ」
そう呟くも、オリビアには聞き流される。これはどう、こっちは、と次々に衣装をあてられる。なす術もなく、ドミナリオはただただそこに立っていた。
「うん、やっぱりゴシックロリータ系かしら。髪もエクステで足してツインテールにしましょう」
「あのさ、こんなことしてるのが父にばれたら、大事になるんだけど。エスト家の威厳が損なわれるだのなんだのって、絶対に言う」
「そのエスト家の慣習に反発したがってたのはドミノ君じゃないの。ここで一気に弾けちゃったらいいのよ」
「こんな弾け方は望んでない」
何を言おうと、オリビアの手は止まらない。彼女の中ではすでにドミナリオ改造計画の全貌が出来上がっていて、それを達成するまでは満足しないのだ。
それに、きっとこれが、彼女が軍人でいられる残り少ない期間の大切な思い出になる。そう思うと、どうしても断固拒否するというわけにはいかなくなってしまった。
「これが最初で最後だから。もう二度とやらない」
「わかってるわよ。だから全力でやらせてね」
衣装を合わせられて不自由なドミナリオに、自由を満喫しているオリビアが美しく微笑んだ。

女装大会には、予想以上の参加者があった。科学部や軍医チームからも一押しの女装男子が出ていると聞いて、発案者であるアーシェたちはわくわくしていた。
一方、女装して人前に出なければならないニアはげんなりしている。アーシェが選んだふわふわのワンピースドレスに身を包み、化粧を施され、すっかり疲れてしまっていた。
「ニア君、笑顔笑顔! そんなんじゃ優勝できないよ!」
「優勝できなくていいよ……こんなのもしイリスに見られたら、僕は実家の近所にある川に飛び込む」
「そんなこと言わないで。ドミノさんやパロットさん、それにもっとたくさんの人が道連れになってるんだから」
道連れはたしかに多いが、何の慰めにもなっていない。あとでドミナリオと盛大に愚痴を言い合おうと心に決め、ニアは舞台へ向かった。
会場は練兵場である。多くの観客を収容できるこの場所は、度々このようなイベント事にも使われるのだ。もちろんそれには大総統の許可が必要なのだが、ハル・スティーナ大総統閣下は二つ返事でオーケーを出した。理由は「面白そうだから」である。補佐官に呆れられていたが、よほど深刻な事態でない限りそんなことは気にしない。
「これより、中央司令部女装大会を始めます! まずは、予想をはるかに超えたご参加に感謝いたします!」
主催を務めたオリビアが挨拶すると、会場は歓声に包まれた。そしていよいよ、メインの登場である。
「エントリーナンバー一番、ニア・インフェリア中尉です! メイクアップはアーシェ・リーガル准尉です」
その声とともに、練兵場にアーシェとニアが登場する。正確には、アーシェがニアを引っ張ってきた。俯きがちなニアの頬は赤く染まり、皮肉にもそれが彼の可愛らしさを引き立てていた。
それを観客席から見ていたルーファは満足気だ。今日は一日あの恰好でいてもらおうかなどという、よこしまな考えも浮かんでしまう。
レヴィアンスはひたすらシャッターを切っていた。貯めていた給料を一気に使って買った上等なカメラは、その性能をフルに発揮していた。
「レヴィ、あとで焼き増し」
「わかってるよ」
「俺にも焼き増し」
「わかって……え?」
ルーファには当然と思って答えたが、もう一つの声に対しては驚いた。まさかここにまで来ているとは思わなかったのだ。
「カスケードさん?! 今日のイベントは非公式なのに……」
「いやあ、イリスがお兄ちゃんに会いに行きたいっていうからな。そうしたらあんなに可愛いニアが見られた」
笑顔のカスケードと、その腕に抱かれた幼いイリスを、ふと顔をあげたニアは見つけてしまった。今すぐ川に飛び込みたい気持ちでいっぱいだった。
続いて現れたのは二番、ドミナリオ・エストだ。オリビアによってゴシックロリータ風に飾り立てられた彼は、終始眉根を寄せていた。だが、流石は血筋というべきか。その表情が彼の持つ美しさを見事なものにしていた。
「ドミノー! 美人だぞー!」
歓声にまざって、観客席からホリィの声が聞こえた。「あいつあとでシメよう」とドミナリオは思った。
三番。ここまでは主催の身内である。グレイヴによって整えられたパロット・バースは、言われなければ男性だとわからないくらいに綺麗になっていた。ドレープの寄った細身のドレスが、これ以上ないくらいに似合っている。
「やるじゃん、グレイヴちゃん。オレの理想をよく表してくれている」
「ゲティスさん、嬉しそうだね。あとで撮った写真あげるよ」
観客席はここまでで、すでに大盛況の様相だった。レヴィアンスのように写真を撮る者もあれば、あとでモデルを近くに寄って見られないかと話し合う者もある。その後に続いた面々も含め、皆が皆、とにかく出来が良かった。司令部の女子たちが、ここぞとばかりに力を発揮した結果だった。
「さて、それでは最後になりました。エントリーナンバー二十……あら、名前がないわ?」
イベントも最高潮を迎えたとき、事件は起こった。最後の一人は、エントリー用紙に名前を書いていなかったらしい。これではどこの誰だかわからない。
しかし、人はいる。現に練兵場の入口に立っている。とにかくどうぞと言うしかない。
その人物は、露出の少ない真っ白なドレスに身を包んでいた。ベールで顔を隠し、俯いている。彼がすっと練兵場中央まで歩いてきたところで、観客席にいたカスケードがハッとした。
「あのドレス、まさか……」
彼にはその姿に、見覚えがあった。もう二十年も前のことだが、たしかにカスケードはそれを見たことがあった。
白いドレスの人物が、そっとベールをあげる。そして観客席に向かって、にこりと微笑んだ。その表情があまりに艶やかで、客はどっと沸いた。そこにいたのは、まさしく伝説。
「ユロウ、何やってんの……」
ホリィが呟いたその名が全て。そこにいたのは、かつてその美貌で囮捜査に尽力した女性によく似ていて、とある事件で花嫁の代理をつとめた人物が身に纏っていたドレスを着た、ユロウ・ホワイトナイトだった。
「ええと、ユロウさん? 軍関係者ではないですよね?」
オリビアがそっと近づいて、耳打ちする。けれども返ってきた答えは、さらに予想を超えたものだった。
「ううん、軍医手伝いとしての参加だよ。当日の出番まで内緒にしておきたかったんだ。ちなみにプロデュースはクリスさん」
実のところ、ユロウの発言には語弊がある。中央司令部で女装大会なんてものをやると聞いたクリスが、いつものように手伝いに来たユロウに「せっかくですから出てみては?」と冗談を言ったにすぎないのだ。なので、クリスも本当にやるとは思っていなかった。この姿に着替えるユロウを、ついさっき見るまでは。
伝説を纏った謎の美女(?)は、観客の話題をさらった。そのあと行なわれた人気投票では、大きな支持を受けて優勝してしまったのである。
ある意味、軍内の人間でなくて良かったのかもしれない。女装大会参加者、まして優勝というレッテルは、後々まで残るものだったから。

なにはともあれ、女装大会は大波乱の中で幕を下ろしたのだった。優勝賞品はなかなか高級なメイクセットだったのだが、ユロウはそれを知人に譲ってしまったという。
優勝こそしなかったものの、飾りたてられたニアたちは、それからしばらくはたくさんの人から声をかけられていた。
「屈辱だ」
「ドミノさん、その台詞何回目……。僕も疲れましたけど」
「パロ、知ってる人増えた。有名人」
多く声がかかるということは、それだけ人気も高かったということなのだが、事情が事情だけに嬉しくない。不幸中の幸いといえば、この三人は皆、何かあったときにガードしてくれる人間がいるということか。
「また女装してくれ、なんて頼まれた時は困ったよ。ルーが守ってくれたけど」
「ニア、騙されるな。そもそも女装をたきつけたのもそのルーファだ。僕はホリィやオリビアに守られているとは思っていない」
「パロも同じこと頼まれた。でも、ゲティス、だめだって。あれは一回限りだから良いんだって」
「パロットさんは騙される以前の問題です。あの恰好が屈辱的だとは思わないんですか」
「なんで? みんな楽しんでたよ?」
パロットだけはこの調子なので、女性陣はそれに甘えている。今度は何をして遊ぼうかと、新しい企画を立てているようだ。もう勘弁していただきたい。
深く溜息を吐く犠牲者たちのところへ、レヴィアンスが元気に現れた。
「おーい、女装大会の写真できたよ! 見て見て!」
名カメラマンはできたての写真を広げて、ニアたちに見せてくれた。これ以上疲れることになるのかと思いながら、ニアは、ドミナリオは、そしてパロットもそれを手に取る。
そこには、女の子が写っていた。衣装と化粧のせいか、そうとしか思えなかった。これが自分だとは、すぐにはわからないくらいだ。
「……これ、僕?」
「へえ、傍から見るとこんなふうに……」
さっきまで文句を言っていたニアとドミナリオも、思わず感心してしまう出来栄えだった。あんなに恥ずかしい思いをしたのに、写真はなかなか良い。おかげで何も言えなくなってしまった。
「ニア、ドミノ、きれい。パロも新鮮かも」
「でしょ? ゲティスさんたちにも大好評だったよ。普段も女装もどっちもいいって」
だが、言葉を失ったのも一瞬のこと。すぐにレヴィアンスの台詞に気づいて、ニアとドミナリオは視線を彼へと向けた。
「たち、って。もしかして、もうルーにもこれ渡したの?」
「おい、まさかホリィたちだけじゃなく、あの忌々しい北国の奴にも送ったのか?」
レヴィアンスは目を逸らす。それだけで十分、肯定になっていた。どうやらこの痴態は、身近な人間だけでなく、ノーザリアのダイにまで送られてしまったらしい。
「……そういえば、建国御三家で女装してないの、レヴィだけだったよね?」
「不公平だな」
「いや、ボクはレヴィアンス・ハイルなので遠慮しておきます!」
「まて、逃げるな!」
どうやらまだまだおかしな大会の影響は続きそうだ。はたしてあと何日、この話題は付きまとうのだろう。少なくともあのダイなら、このネタで一生からかい続けてくれるに違いない。

ところで、優勝者はどうなったかというと。
「ユロウ君、勝手にボクの名前を使っておかしなものに参加しないでください」
「はいはい、すみませんでした。ところで僕、綺麗でした?」
「……反省していませんね。今後そういったことにボクの名前を使ったら、出禁にしますよ」
クリス師匠にきっちり叱られていた。
後に兄から「あの恰好が似合いすぎて怖い」という感想も貰ったという。



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2014年04月12日

トップ二人と枝タバコ

ノーザリア軍大将ダイ・ヴィオラセントが、仕事のためにエルニーニャへ来ることは珍しいことではない。特にレヴィアンス・ゼウスァートがエルニーニャ王国軍大総統に就任してからは、頻繁になった。
エルニーニャにいる家族に会っていくかどうかは、その時の仕事の状況にもよる。だが、レヴィアンスには確実に会うことになる。そのたびに彼らは、書類を見ながら食事をしたり、意見を出し合いながら酒を飲んだりしている。
今回も仕事のスケジュールが詰まっているために、家族や友人には会えそうにない。軍人寮のレヴィアンスの部屋で夕食をとりながら、とある案件について話を進めていた。
「……でも、どうして危険薬物に手を出しちゃうかな。オレには理解できないよ」
書類を見ながら、レヴィアンスがため息を吐く。だが、ダイは「そうか?」と返した。
「誰かに使ってやろうとか、売りさばこうとか、そういう考えはわからないけどな。自分から手を出したくなる気持ちは、なんとなくわかるぞ」
「何それ、ダイさんの経験談?」
「そんなところだ。……お前も試してみるか?」
「は?」
何を、と言おうとしたところで、レヴィアンスはダイが鞄から取り出したものに目を奪われた。ビニール袋に入った、黒く細長いもの。袋を開けると、薬のような臭いがした。
「危険薬物?」
「いや、合法の自然薬。精神安定剤なんかに使われるもので、俗称は枝タバコ。これに直接火をつけて咥えると、即効の鎮静作用がある。ただし、かなり不味い」
向こうの空港で没収してきた、と続けたダイに、レヴィアンスは苦笑する。相変わらず、この人はむちゃくちゃなことをする。
「まさかとは思うけど、それをオレに試させようってんじゃないだろうね?」
「合法だから大丈夫だって」
「危険薬物の売人も似たようなこと言うよね?!」
あわてて拒否するレヴィアンスの目の前で、ダイは枝タバコを一本摘む。そしてそれを口に咥えながら、ポケットからライターを取り出した。その流れは、明らかに手馴れている。
「……ダイさん、何度かやってる?」
「荒れたときには、毎日のように世話になってた。不味いけど落ち着くんだよな。父さんはよく、『こんな不味いもん、よくやれるな』って言ってた」
その口ぶりから、ディアが生きている頃から手を出していたことを知る。おそらくはノーザリア軍に所属してから、幾度となく煙を燻らせてきたのだろう。それだけ向こうでの生活が過酷だったのだということは、容易に想像できた。
眉を顰めながら、煙をたなびかせる枝を咥えるダイを見ていると、この人はそれだけの苦労をしてきたのだと思わされた。そのうちレヴィアンスの手は、自然にビニール袋の中身へとのびていた。
「これ、どうやってやるの?」
「俺の見よう見まねでやってみろ。ほら、ライター」
「どうも」
枝タバコは、咥えるだけですでに強い苦みがあった。それに火をつけると、間もなくして口の中いっぱいにえぐみが広がる。思わず咳き込んだレヴィアンスを、ダイは笑った。
「初心者だな」
「初心者だよ。……すっごい不味いね、これ」
「その不味さがそのうち癖になるんだよな。気分は落ち着くし、自分を戒めている気分にも浸れる。いい現実逃避だよ」
この人はそうやって、一番つらい時期を生きてきたのだ。たった一人で。
薬臭い煙を吸い込みながら、レヴィアンスは元上司の横顔を見る。初めて会った日から随分経つが、顔つきが彼の養父にそっくりになった。
「ダイさん。これからはもっと、オレを頼ってよ。こんな不味いものよりさ」
「大総統になりたての若造が何を言ってる。生意気なんだよ」
「なりたてでも、大総統は大総統だ。ちょっとは偉ぶらせてよ」
せっかく同じ場所に立てるようになったのだ。不味いものに耐えられるくらいには、大人にもなった。
ダイとレヴィアンスは同時に枝を口から離すと、それを折った。コップの水に枝を突っ込むと、じゅう、と短い音がした。
「さて、仕事再開だ。お手並み拝見といこうか、エルニーニャの大総統」
「オレの手腕に期待してよ、ノーザリア大将」
夜は、まだ長い。



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2014年01月08日

Reverse508 3

リバース3話目です。続いてます。
考察用スペース作ったら、そっちに全部移動します。



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2014年01月07日

Reverse508 2

「もしもの話」2話目です。
今後どう進めるか決まるまで、ここで続き載せさせてください。
今回は「The〜」のメンバー総出演編。



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2014年01月06日

Reverse508 1

このお話は非公式で、もしもの可能性です。
「1」となっていますが、続くかどうかはわかりません。
KillingHeartの世界にある人物が生きていたらどうなるか、という実験です。
それでは、以下本編。




本編
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2013年12月25日

イリスのクリスマス

ふと目が覚めて体を起こすと、そこに広がっていた光景は死屍累々のひどい有様。
わたしは仕方なしに台所へ立ち、薬草水を用意し、それから温かいスープでも作ろうかと思い、卵とねぎを冷蔵庫から取り出した。
きっとゾンビ状態になっているであろう彼らを起こさなければ。今日だって、まだ宴会は続くのに。

昨夜はクリスマスイブ、太陽神の聖誕を祝う前夜祭だった。
わたしはいつものように司令部で事務仕事をこなし、勝負を挑んできた奴らを一掃し(本当はお兄ちゃんに止められているのだけれど、向こうから来るのなら仕方ないよね)、ちょっとばかり街の見回りをして、とごく普通の日常を送っていた。軍人に祭日の休みはないのだ。あっても何かしらの事件は起こるので、ほぼ無意味だ。
けれどもそれが終われば、楽しい楽しいクリスマスパーティが待っていた。お兄ちゃんとルー兄ちゃんが住むアパートで、ちょっとした集まりをしようと約束していたのだ。ゼンやメイベル、フィンも連れてきていいといわれたので、みんなにも声をかけた。
けれどもメイベルとフィンは実家に帰らなければならず、ゼンもリチェから誘いを受けているということで、彼らの邪魔はしないことに決めた。
そういうわけで、わたしは一人でお兄ちゃんの家に向かったのだった。
お兄ちゃんのいるアパートまで、司令部からはバスに乗ってほんのちょっと。あらかじめ用意しておいたプレゼントを抱えて、わたしはわくわくしていた。お兄ちゃんのために選んだニットのカーディガン、気に入ってくれるだろうか。ルー兄ちゃんには仕事で使えそうなシャツを選んだ。それから、それから……。
考えているうちに、バスはアパートのそばの停留所に近づいていく。慌てて停車ボタンを押して、停留所で降り、通いなれた道を歩いた。
アパートの一室の呼び鈴を鳴らすと、優しい声が聞こえてくる。わたしが幼いころから、ううん、きっと生まれたときから大好きだった声。
「イリス、いらっしゃい。待ってたよ」
「こんばんは、お兄ちゃん。メリークリスマス!」
わたしは思い切りお兄ちゃんに抱き付いた。間にプレゼントの包みがあって、密着はできなかったけれど、お兄ちゃんは温かかった。
お兄ちゃんに「これあげる」と包みを押し付けてからリビングへ行くと、ルー兄ちゃんと何故かここにいてはいけない人物がいた。
「よ、イリス」
「いやいや、なんでレヴィ兄がいるの? 仕事は?」
この国の大総統であり、今日もたくさん仕事があったはずのレヴィ兄。わたしは一応補佐見習いなので、この人が抱えていた仕事の量は知っている。とてもここでのんびりしていられるようなものではなかった。
「仕事……仕事か……。それはレヴィアンス・ゼウスァートのものだ。今ここにいるオレは、レヴィアンス・ハイル。しがないニアの友人兼愛人さ」
レヴィ兄はどこか遠くを見るような目で言った。どんな顔をしたって、通用しないものはしないんだからね。
「要約すると現実逃避に来たってわけね」
「愛人ってなんだよ。ニアには俺一人で十分なんだ、お前は司令部に戻って仕事しろ」
ルー兄ちゃんがしっしっと、追い払うようなしぐさをする。でも愛人どうこうはどうでもいい。レヴィ兄は「なんだよ二人してー」と頬を膨らませてみせるけれど、うん、二十四歳でそれはアウトじゃないかな。
「こら、静かにして。近所迷惑になるから」
騒いでいたわたしたちに、お兄ちゃんが言った。プレゼントの包みは、どうやら一旦寝室に置いてきたらしい。
「だってお兄ちゃん、レヴィ兄の仕事……」
「さっき終わったって言ってたよ。ねえ?」
「その通り。オレの集中力を知らないわけじゃないだろ、イリス」
たしかに、いざというときのレヴィ兄の集中力は半端なものではないのだけれど。なにしろ、こっちが何を話しかけても聞こえないくらいなんだから。
それで仕事を終わらせて、ゆっくりクリスマスイブの夜を過ごそうというのか。変なところで有能だなあ、大総統閣下。
「そういうわけだから、飲もう! ニア、今日の献立は?」
「アーシェちゃん提供のローストチキンに、グレイヴちゃん提供の緑の野菜と魚介のソテー。あとは僕が作っておいたポテトサラダと、バゲットと温野菜のチーズフォンデュ。デザートはユロウさんが届けてくれたケーキ」
おお、お兄ちゃんにしては頑張ったんじゃない? アーシェお姉ちゃんとイヴ姉がメインを作ってくれたみたいだけど。チーズフォンデュとは考えたなあ、これならチーズと牛乳を混ぜて溶かすだけだから、おかしな味になる心配はない。問題はポテトサラダがちゃんとポテトサラダらしい味になっているかどうかだけか。
豪勢なメニューに、ルー兄ちゃんとレヴィ兄も感心しているみたいだった。
「これはワインに合いそうだね。今日もいいやつ持ってきたよ!」
「わあ、レヴィありがとう! そうそう、ワインがなきゃ始まらないよね」
お兄ちゃんは、レヴィ兄の持ってきた上質らしいワインに大喜びしてる。それを見ていたルー兄ちゃんは、「酒豪どもめ」と呆れている。
たぶんお兄ちゃんがレヴィ兄を出入りさせているのは、美味しいお酒が飲めるからなんだろうなあ。お兄ちゃんはインフェリア家の人間にしてはお酒が強いのだ。ご先祖様にも強い人はいたらしいから、きっと世代を越えに越えた隔世遺伝なんだろう。
わたしは未成年だし、お兄ちゃんに止められてるから、お酒は飲まない。そのかわり、ワインによく似たブドウのジュースを注いでもらった。
ごちそうがテーブルに並び、お酒の用意も完璧。全員席について、それでは。
「かんぱーい!」
わたしたちのクリスマスイブを祝いましょうか。

きっと今頃、ゼンやメイベル、フィンも、それぞれのクリスマスイブを過ごしている。そしてクリスマスに日付が変わるまで、楽しく過ごすんだ。
わたしとお兄ちゃんは、クリスマス当日には実家に帰って、家族で過ごすことになっている。いつ出動になるかわからないけれど、わたしたちは一応、一日だけクリスマス休暇をもらっていた。今そこでワインをあおっている軍のトップが許したんだから、間違いない。
父さんと母さん、ラヴェンダと一緒に、平和な一日を過ごせたらいいなあ。

……さて、しばらくするとルー兄ちゃんは完全に酔いつぶれて倒れ、レヴィ兄も呂律が回らなくなってきた。お兄ちゃんだけは平気な顔をしていたけれど、何を思ったのか、突然立ち上がった。
「どうしたの、お兄ちゃん? まだケーキ残ってるよ」
「そうだぞー。酒もまだあるんだからなー」
「レヴィ兄はもう飲まないほうがいいよ」
まだグラスにワインを注ごうとするレヴィ兄を止めながら、わたしはお兄ちゃんの動向を追った。お兄ちゃんは電話の受話器を取ると、国際線に繋ぎだした。ああ、まさか。
少しして、電話の相手が出たようだった。小さくだけれど、向こうの声が聞こえる。お兄ちゃんがそれに応えて、へらりと笑いながら言った。
「ニアです。ダイさん、元気?」
やっぱり。見た目にはわからないけれど、お兄ちゃんも結構酔っぱらってたんだ。たぶん今も仕事中であろう人に私用で電話をかけるなんて、いつものお兄ちゃんなら絶対にしないもの。
「……うん。僕は元気です。ルー? それなりにうまくやってますよ。今は倒れてますけど。レヴィもイリスも来てて、四人でクリスマスパーティしてたんです。ダイさんも来ればいいのに」
そんな無茶な。向こうは隣国ノーザリアで、レヴィ兄とは違ってコツコツと仕事をしているんだから。まあ、お兄ちゃんのことだから冗談なんだろうけど。
……あ。ダイさんと話せるのなら、わたしも言っておきたいことがあるんだった。
「お兄ちゃん、わたしもダイさんと話す」
「うん、いいよ。……待って、今イリスにかわります」
お兄ちゃんから受話器を渡される。そっと耳に当てると、異国からの声が聞こえた。
『イリスか?』
「うん。ダイさん、お久しぶり」
優しくて、落ち着いた声だな。今はどうやら、機嫌がよかったらしい。ホッとした。
「ねえ、ダイさん。エイマルちゃんにプレゼント送った?」
『送ったよ。今年は長毛種ねぁーのグッズが欲しいって言ってたから、いくつか選んで詰め合わせた』
「そっか、よかった。エイマルちゃん、楽しみにしてたから」
これはただの雑談。聞きたいのは、これじゃない。
エイマルちゃんが本当に楽しみにしてることが、実行されるのかどうか確かめたい。
「ダイさん、年末年始はどうするの? お仕事?」
『……うん、仕事』
ああ、そっか。エイマルちゃんはまだ、お父さんに会えないんだね。
次はいつになるんだろう。まだまだ、先になっちゃうのかな。
「あの約束、忘れてないよね」
『忘れてないよ』
「エイマルちゃんの次の誕生日が来たら、お父さんって呼ばせてあげるんだよね」
『うん、そう言ったな』
年末年始は無理でも、そのときには絶対に帰ってくるんだよね?
エイマルちゃんが、待ってるよ。
「約束は守ってね」
『守るよ。必ず守る』
そう、それ。その確認ができれば、いいの。
「……エイマルちゃん、きっと喜ぶよ。ねぁーグッズも、お父さんも」
『そうだといいな』
わたしたちはもう一度約束して、電話を終えた。

それからまたお兄ちゃんたちは飲み始め、一度目を覚ましたルー兄ちゃんは再び潰され、そうして時間が経って今に至る。
今日はクリスマス。太陽神の誕生を祝う、その当日だ。
前夜祭で大騒ぎする習慣が浸透してからというもの、当日はすっかり静かになってしまった。でも、それはそれでいいのかもしれない。だって、神様の誕生日だもの。本来なら厳かにやらなきゃ。
南の国のサーリシェリアは太陽神信仰が強くて、今でもクリスマスは前夜祭から荘厳なイベントらしい。わたしは経験したことがないけれど、たぶん、賑やかなのも静かなのも、両方をいいなあって思えるはずだ。
だって、どっちもきっと素敵なイベントには違いないのだ。心穏やかに過ごすのも、楽しくにぎやかに盛り上がるのも、特別であることには変わりないのだから。
そんなことを思いながら玉子とねぎのスープを作り、薬草水を添えて、片付けたテーブルに並べる。
頭に響かないようにそっとお兄ちゃんたちを揺り起して、暖かく柔らかな太陽の光のように微笑んで、言うんだ。
「おはよう、お兄ちゃんたち。朝ごはんできてるよ。今日はみんな家族で過ごすんだから、早くしたくをしないとね」
前夜祭はおしまい。ここからは静かに穏やかに、神様に感謝しよう。
「あ、イリスが作ってくれたの? ありがとう」
「うわ、頭痛い……。イリス、薬草水とってくれるか?」
「げ、もうこんな時間。父さんと母さんに、買い物して帰るって連絡しないと……」
もそもそと動き出すお兄ちゃんたちとテーブルを囲んで、酔い覚ましにぴったりの朝ごはんを食べる。わたしは酔ってないけどね。
実家に帰るときには、父さんと母さんとラヴェンダへのプレゼントを持っていかないと。たしか、全部まとめて寝室にあるはず。
喜んでくれるといいな。たとえば、今お兄ちゃんたちが浮かべているような表情を、実家でも見られたらとても嬉しい。
そう思いながら、わたしはクリスマスの一日を始めるのだった。



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2013年07月20日

男性陣についての女子トーク

エルニーニャ王国軍中央司令部。いわずと知れた国内最大の軍施設である。
所属している人間は、ときに応じて、あるいは常に、班を組んで行動する。
その中でもいろいろな意味で特に名高いのが、インフェリア班と呼ばれるチームだ。天才少女准将メリテェア・リルリアの管理下にある班の一つで、リーダーは軍御三家が一つインフェリア家の長子。ほかにも軍で有名な実力者たちが揃っている。
だが、彼らが有名な理由はそれだけではない。

「俗に言う、イケメンが揃っているんですって」

昼下がりのカフェで、六人の少女たちがお茶を楽しんでいた。彼女らは軍人であるが、今日は休みを合わせて遊びに出ている。
その中でもそんな台詞をとても言いそうにもない、クレインがぽつりと呟いた。
「……イケメン?」
リアが思わず復唱する。クレインからそんな言葉が出るなんて、思ってもみなかったのだ。
「それって何の麺料理ですか? 美味しいんですか?」
アイスミルクティーをストローでくるくるとかき混ぜながら、ラディアが言う。安定の思考で、思わず少女らは安心してしまう。
「イケメンってのは、かっこいい男の人ってことかな。イケてるメンズ……の略だっけ?」
シェリアが苦笑しながら説明すると、ラディアは「ふうん?」と首を傾げてしまう。いまいち理解ができないというふうだ。
「そのイケメンがどうかしたんですの?」
メリテェアが紅茶のカップを上品に持ち上げながら、発端であるクレインに話を戻した。訊ねられた方は頷いて、「昨日、ちょっとね」と話しだした。
「情報処理室で作業してたら、そこにいた女の子たちに言われたの。インフェリア班はイケメンばっかりでいいよねって」
「つまり、かっこいい男の人が多いってこと? そうかなあ……」
ラディアの頭の上には疑問符が浮かび続けている。彼女の思う「かっこいい男の人」と、周りの言う「イケメン」が結びつかないらしい。
対してシィレーネはうんうんと頷きながら、うれしそうに言った。
「インフェリア班のイケメン率は異常だよ。特にカスケード大佐なんて、もうこれでもかってくらいかっこいいよね!」
彼女は班名にもなっているリーダー、カスケードのファンである。ハートをとばしまくりながら「背も高いし、優しいし……」と憧れの彼の長所を並べ立てはじめたところで、シェリアがストップをかけた。
「えー……あれ青くてでかくてナンパじゃん。どこがいいのかイマイチわかんない」
「シェリーさんは大佐に厳しすぎ! リアさんはわかりますよね!」
「え、私?」
突然話をふられて慌てながらも、リアは冷静に考える。確かにカスケードは見目も良く、優しく頼りになる、自慢できる上司だ。デスクワークが大の苦手なのがたまにきずだが、それを補って余りある人物像である。
けれども、リアがイケメンと聞いて真っ先に思い浮かんだのは別の人物だった。
表情は乏しいが、時折見せる優しさ。一人の方が気楽だなんて言いながら、仲間とのやりとりはなんだか楽しげに見える。素直じゃないような、かえって正直なような態度。真剣な眼差し。
「私は……カスケードさんもかっこいいと思うけど、グレンさんも素敵じゃないかな、なんて……」
「そうね、グレンさんはちゃらんぽらんではないもの」
クレインがさりげなくカスケードを非難しつつ同意する。それから少し考えて、また一人違う人物をあげた。
「ツキさん。彼も大人の魅力があると思うわ。仕事はきちんとこなすし、遊び心もわかっている。ギャンブルはストレスさえ溜めなければ負けないし、将来性が高いと思うのだけれど」
ツキは普段電話番と呼ばれる部署にいるため行動を共にすることは休憩時間や特殊な任務のときくらいだが、その人柄は誰が見ても好感が持てる。みんなの良いお兄さん役だ。
ここまでリアやクレインの意見をふむふむと聞いていたシェリアだったが、話の途切れた隙を狙って切り込む。
「確かにグレン大尉やツキ曹長も良いけど、アタシはやっぱりカイさんかなあ。強いし、笑顔が激爽やか!」
「シェリーちゃん、本当にカイ君のこと好きね。良い人なのには間違いないけれど」
シェリアの懸想の相手でもあるカイは、彼女の言うとおり笑顔の爽やかな好青年だ。基本的には人懐っこく、めったなことがない限りは誰とでも親しくなれる。それに頭も良い。
「みなさん、なかなかイケメンについてお話できますのね。それではわたくしも負けてられませんわ」
「別に勝負はしてないわよ、メリテェア。……それで、誰をあげるつもり?」
「クライスさんはいかが?」
「……げ」
メリテェアがあげた名前に、クレインは不満げな声をもらす。クライス、つまり彼女の兄のことがあがるとは思っていなかったし、あまりあがってほしくはなかった。
「真面目で、お仕事も迅速で、一途ですわ。妹のこともたいそう可愛がっておられるようですし」
こんなふうに身内を褒められると、照れくさいからだ。
確かにメリテェアの言う通りではある。昔から物事には真剣に取り組むし、超がつくほど真面目な人物なのだ。妹である自分がそう思うのだから、間違いない。
クレインは顔を真っ赤にして俯き、ごまかすようにアイスティーのストローを咥えた。
「ラディアさんは? いいなって思う男の人、いないの?」
甘いカフェオレがもう半分も残っていないカップを置いて、シィレーネがラディアへ話題を投げかける。
しかし半ば、これまでの話についてこられていないのではないかと思っていた。何しろラディアはクレインとは違う意味で、このような話題に興味がないようなイメージがある。先ほどの「麺料理」発言からも、それは明らかだ。
だからこそ、答えがあったこと自体が驚きだった。
「ハル君はそのイケメンっていうのだと思いますよ」
「ハル? いろんな意味で意外だね」
シェリアの言葉が総意だ。見た目が女の子のように可愛らしく、行動言動ともにまだ子どもっぽいハル。どちらかといえばこっちが彼を守ってあげたくなる。
そんな人物を、このラディアが推してきた。
「ラディアちゃんがハル君をあげた理由は?」
「さっきから聞いてると、頼れるとか、仕事ができるとか、真面目だとか、笑顔がいいとか、そういう人たちがあがってますよね。それがイケメンならハル君だってそうですよ」
ラディアはにこっと笑って、例えば、と具体例を話し始めた。
「ハル君、結構力持ちだから。新兵の女の子が重い訓練用具を運ぼうとしてるのを見つけると、さっと行って、持ってくれるんです。そういうところを見ると、頼れるなって思いますよ」
「それは確かにポイント高いわね」
「将来が楽しみな人材ですわ」
クレインとメリテェアがうんうんと頷く。おそらく、ラディア以外はそんなことがあったなんて知らなかった。ハルのちょっと男の子らしい一面を垣間見ることができて、一同は感心する。
「多分そういうの、アーレイド准尉を見てするようになったんだろうなあ。あの人もさりげなく優しいですよね」
そして、シィレーネの言葉で納得した。ハルの傍にはいつだって、アーレイドがいるのだ。
先輩たちにこそいじられてばかりいるが、後輩たちからはかっこいいお兄さんとして憧れのまなざしを向けられているアーレイド。困っている人を見ると助けてくれる上に、恩着せがましくない。そんな彼を狙う女子も多いと聞く。
「イケメンって、つまりはモテるんだよね。そう考えるとインフェリア班は確かにイケメン揃いだわ。……そういえば今は、料理ができる男子も好感度高いんだっけ?」
「そうらしいわ。フォークさんなんて、学校で人気者なんじゃないかしら」
ツキの弟であるフォーク。軍人ではないが、よく差し入れなどを持ってきてくれる。それが絶品であることは、誰もがよく知っている事実だ。
しかも彼は兄に似て、きちんと気配りのできる人物だ。普段は幼く見えるが、光るものがある。
「料理といえば、アクトさんは?」
「あ、あの人男性でしたね! 忘れがちですけど!」
「ラディアちゃん……」
そう、よく性別を忘れられているが、アクトもインフェリア班の男性の一人だ。彼の料理の腕もまた良い。
加えて、女性陣の相談事にも親身になってくれる。女心を理解してくれるところが、彼が姐御と呼ばれる所以だ。
「あまりに話聞いてくれるから、つい女子特有の悩みとかも言っちゃうんだよね」
「言ってもさらっと流してくれるから、こっちも段々恥ずかしさを忘れちゃうというか……」
思い出される恥ずかしい相談の数々。それを払拭するように、慌ててシェリアが話を元に戻す。
「ほ、ほら、まだ男子いるよ! クリスさんとかどうよ?!」
「礼儀正しく紳士的な方ですわね。適度に厳しく、専門技術も確か。一緒にお仕事をしていると安心しますわ」
メリテェアはよくクリスと話をする。最も階級の近いカスケードが行動派なので、作戦の立案など頭脳的なことはそのすぐ下で特に頭の良いクリスとともに行っているのだ。
彼の売りである毒舌もその頭の回転の速さと膨大な知識が生み出している。それをわかっていれば、メリテェアのように「安心して」付き合うことのできる人物だ。
「中佐陣はみんな頭良いですよね。クレイン中佐も」
「ありがとう、シィレーネさん。……まぁ、頭が良いということに関しては一人だけ例外がいるけれど」
インフェリア班の中佐陣は四人。うち三人はそれぞれ専門は違えど、頭脳派の部類に入る。残る一人はそういったことが苦手な喧嘩屋である。
「で、でも、ディアさんだってかっこいいところはあるよ! 理屈より行動ってとこが男の人らしくていいんじゃないかな!」
リアがフォローしきれているのかいないのか微妙な線の発言をする。しかしシェリアがそれを強く否定した。
「ない。絶対ない。アイツだけはイケメン枠に入れたくない。顔怖いし乱暴だし」
「そのわりには意外に人気あるんだよね。ワイルド系好き女子には高評価だよ」
事実、そうなのだ。女性兵に対しても横暴な態度をとることはあるが、何故か人気がゼロになるということはない。あれでいて、意外に頼りがいのあるところも見せているのだ。たまに。
「無愛想なのに人気っていうのはブラックさんもそうね。あの人は他人に興味ないってふうを装っているけれど、実際そうでもないし」
クレインの言うとおり、ブラックも女子からそれなりに支持されている。愛想はなく、誰かとつるみたがることをしない、例えばカイなどとは対極にある人物だ。
そんな彼が兄と一緒にいるときなどに感情を露にするから、そのギャップが面白い。単に笑わないだけで、見た目もなかなか良いということもある。
「対してアルベルト少佐は穏やかですよね。ぽやぽやしてるというか……」
「挙動不審ですけどねー」
アルベルトは大人しいが、その仕事ぶりは正確で信頼できる。その時々によって挙動不審だったり、何か考え込んでいるのか険しい表情をしていることもあるが、基本的には癒し要員だ。
「うん、いい人よね、リーガル少佐。落ち着いてお話ができればいいのだけれど」
「リアさんに対してはまだ無理だと思うわ」

インフェリア班にはイケメンが多い。そんな話題で一通り班員を振り返ってみたが、なるほど、個性的な面々だ。
けれども軍人としての責務を日々全うしながら、生活をともにしているのは同じこと。
「……羨ましがられるのも、もっともかもね」
クスリ、とリアが笑った。それにつられるようにして、全員が笑顔になる。
「こんなに頼れる人たちと一緒に仕事ができて、わたくしは嬉しいですわ」
「場合にもよるけど、羨望の対象になるくらいには良い人たちなのよね」
「アタシも、この班気に入ってるよ」
「一緒にいられて良かったなって思います」
男性陣だけでなく、もちろん同じ時間を過ごす女性陣も。仲間としていられることを、心から喜べる。
「じゃ、みんなにおみやげ買って帰りましょー! 私たちがお休みだったから、きっとお仕事てんやわんやですよ」
「ラディアちゃんに賛成! それじゃ、もう少し休んだらお買い物に行こうか」
晴天の下、女子会はまだまだ続く。


ところで、本日も仕事をしていた男性陣はラディアの予想通りてんやわんやだった。
デスクワークメインで、量もそれほど多くはないはずだ。だからこそ女性陣の休みを許したのに、仕事は一向に進んでいなかった。
「やっぱ、華がないとだめだな! やる気出ない!」
「いいから進めろ、ダメ大佐」
ツキがカスケードの頭をひっぱたき、
「飽きた! 俺はもうデスクワークなんか二度とやらねぇ!」
「何言ってんの。お前は自分のしでかした器物損壊の始末書しかやることないだろ」
アクトがディアに肘を叩き込み、
「アーレイド、ごめん! さっきの間違った!」
「え、うわ気付かなかった! じゃあこれは最初からやり直しか……」
ハルとアーレイドはちょっとしたミスに落胆し、
「まっくろくろすけ、お前の書類こっちに侵入してきてるんだけど。やめろよ」
「は? お前こそさっきからこっちに書類はみ出してんだろーが、バカイ」
カイとブラックがケンカを始め、
「クライス君、さっきのデータもう一回出してくれないかな……本当に申し訳ないんだけど」
「そんなに恐縮しなくても……」
アルベルトの泣きそうな声にクライスが困惑し、
「……クリスさん、この状況どうにかなりませんか」
「無理です。これだけデスクワークが不得手な人間が集まっているのではどうしようもありません。ここで計画を立て直してもどうせ飽きて無視するのは目に見えてますから。そういうグレン君もそろそろ飽きてきたでしょう、君もデスクワークは苦手でしたよね。でも逃がしませんよ、今日は中庭の木に登るのは諦めてくださいね」
疲れたグレンにクリスが追い討ちをかける。
そんな光景を覗き見ながら、フォークが呟く。
「今日は差し入れどころじゃないかもねー……」
結論。彼らが「イケメン」でいるためには、女性陣が必要不可欠。



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2013年07月07日

もしも、ねがいをかけるとしたら。

「もしもあなたの願いが一つかなうとしたら?」
正直に答えてほしい。

「将来、大総統になるっ!」
「オレは大総統になったハルの傍にいる」
ハル、アーレイド。
君たちのそれは、願いというよりも未来設計だね。

「……静かに本が読める家が一軒ほしいですね」
クリス。
君は意外にもすんなりと答えてくれたね。

「美味しいものが食べたいです! リアさん、今日の晩御飯はなんでしょうね?」
「そうね、あとでセレスティアさんに訊いてみましょう。私は今晩晴れるといいなって思ってるの。せっかくの星見の日だもの」
ラディア、リア。
大丈夫、今日は天気がいいから外で晩御飯にしようかしらって、さっき聞いたよ。

「スランプが来なきゃ良いな」
「お兄ちゃんってば……。僕はそろそろ新しいお鍋がほしいかな。もっと大きいの」
ツキ、フォーク。
みんなで過ごすのが楽しいんだね。

「そろそろ楽しみにしていた新刊が出ているわね。今すぐ本屋に行きたいわ」
「じゃあ行こうか。オレもフォークに今すぐ会いたいし!」
クレイン、クライス。
望むものがはっきりしているんだね。

「星見にリアさんを誘いたいんだけど……無理かなあ」
「言ってみろよ。オレは病院に見舞い行ってくるから。……アイツ、夏風邪とかひいてなきゃいいけど」
アルベルト、ブラック。
大切な人と過ごせる幸せを、享受しているね。

「あ、バーで今日限定のカクテル作ってくれるみたい。行きたいな」
「俺は部屋にいてえんだけど……まあいっか。帰ってきたらなんかメシ作ってくれよ」
アクト、ディア。
なんでもない日常を、今日も生きていたいんだね。

「今日の星見で、みなさんの楽しそうな笑顔が見られるといいですわね」
メリテェア。
そのために今日の仕事を早めに終わらせて、本当にお疲れ様。

「この先何年も、楽しくて面白い日々が続くといいですね」
「そうだな……こんな日くらい、カスケードさんも帰ってくればいいのに」
カイ、グレン。
満喫できる一日を過ごし、それを分けてあげたいとも思っているんだね。

でも、ねえ。
願いがかなうかもしれないのに、誰一人として過去を変えたいと思わないのは何故?
「そりゃ、変えられるものなら変えたいさ。俺だって、ニアに会いたいって思ってる」
じゃあ、どうしてみんなそれを口にしないの? 正直に答えてって、最初に言ったのに。
「みんな正直だと思うぞ? 本心から願っていることだ」
だけど、本当の、本当の願いは?
グレンはきっと過去の痛みをなかったことにしたい。
カイはきっと師匠を救いたい。
リアはきっと家族が幸せなままだったらと思っている。
ラディアはきっと本当の両親と過ごすことや、育て親を殺さない世界を思い描いている。
ハルはきっと自分の出自を詳しく知りたい。
アーレイドはきっと人を遠ざけずに歩み寄っていた場合の自分を想像している。
クリスはきっと上司が今でも生きている世界を望んでいる。
ツキとフォークはきっと家族のいる現在を見たい。
クライスとクレインはきっと軍人だった親のことなどを知りたい。
メリテェアはきっと重圧のかからない生き方をしたい。
ディアとアクトはきっと何も喪わずに幸せになっていた未来がほしい。
アルベルトとブラックはきっと父に関わることを抹消したい。
きっと、みんなが過去を変えることを望んでいる。
「それは多分、過去が変わると現在がないからだな」
現在が、ない?
「グレンは賊に襲われなければ、カイは師匠と死に別れなければ、リアちゃんは家族が壊れなければ、ラディは両親が生きていれば、今もそれぞれの生活を送っていただろうな。軍に入り、出会うことはなかった」
……うん。
「アーレイドは軍以外の道を見つけていたかもしれない。クリスは上司が生きていれば、医学も棍もスキルを得ていないかもしれないな。ハルは……エルニーニャにいなかったかもしれないな」
……それから?
「ツキは普通に学生してたかもしれない。そうするとフォークは軍に顔を出さないな。クライスとクレインに今いるような友人ができることはなかったかもしれない。メリーは貴族の次女として、今とは違う人生を歩んでいただろうな」
……そして。
「ディアとアクトは出会っていないだろうし、アルベルトとブラックは生まれていなかったかもしれない。……ニアの死がなきゃ、今の俺はいない」
……だけど、その方が幸せだったかもしれないよ。
「わからないさ。俺たちはみんな、その道を知らないんだから」
だから未来を見て、今を生きるしかないって?
君はそれができている?
「俺はあいつらに比べたらできていない方だ。まだニアとの思い出に縋ってる。……だけど、もし願いが一つかなうとしたら、俺の願いはこうだ」
……?
「ニアのことを忘れずに、ずっと抱えて、生きていきたい」


星の瞬く夜空の下で、エルニーニャ王国軍施設内の軍人寮に住む人々は、夕食会を楽しんでいた。
全員がいるわけではない。中には出かけた者や、室内に残った者もいる。
「あ、いたいた。グレンさん、カイ君!」
リアが大きく手を振って、見つけた人物らを呼ぶ。その隣でラディアも、両手を大きく上げた。
「こっちで一緒に食べましょー!」
呼ばれたほうは顔を見合わせ、半ば呆れたように、けれどもうれしそうに笑った。
「ご指名ですね、グレンさん」
「そうみたいだな。行くか」
「はい」
四人は集まり、賑やかな空間の中にとけこんでいった。

「あ、アーレイド! 今流れ星が見えたよ!」
夕食会の場からは早めに離れて部屋に戻ってきたハルは、行動をともにしていたアーレイドへ無邪気に声をかけた。
一瞬だけすうっと軌跡を残した星は、もう見えないけれど、まぶたにしっかりやきついている。
「流れ星に三回願いを言うとかなうんだっけ? ハル、ちゃんと願い事言ったか?」
「ううん、言ってないよ」
アーレイドはてっきり「えっ、言ってないよ!」という残念そうな返答があると思ったのだが、ハルは穏やかな笑顔のままだった。不思議に思っていると、すぐに答えがわかった。
「お願いなら、アーレイドと一緒にしたいんだ。だからもう一回流れ星が見えるまで、一緒に空を見よう」
二人でじゃないと、意味がない。出会ってからともに歩んでいくことを約束し、ここまできたのだから。願いがかなう瞬間も、一緒がいい。
アーレイドはふっと笑って、「もう一回はどうだろうな」と意地悪を言いながら、自分もその奇跡に期待した。

星見に特別思い入れがあるわけでもないけれど、思い出される日常の中にはそれにまつわるエピソードがまったくないわけでもない。
目を閉じて耳をすませると、あの人の声が聞こえる気さえする。
「クリスは、星見の日の願い事とかあるのか?」
そう訊ねた彼に、自分はなんと答えただろうか。……もう少し上司がしっかりしますように、だったか。
「今とあまり変わらない願い事ですね」
零れた独り言に、つい笑いがもれた。

どこで情報を仕入れてきたのか、願い事を書いた紙を吊るすとかなうなどといったことを実行する弟に、ツキは優しげな視線を送る。
「お兄ちゃんも飾る? 願い事の紙だけじゃなくて、切り紙を一緒に飾るといいんだって。たしかにきれいだよね」
気が付けば窓枠は一面、紙でできた装飾具に覆われていた。そこだけ大きなお祭りがきたような豪華さだ。
「それ、全部フォークが作ったのか?」
「ううん、ベックーも作ったよ。ね?」
どうやらフォークと謎生物の共同作業らしい。それでは悔しいから、自分も何か作ってみようかと手元の紙を折ってみる。
ちょうどそのとき、玄関が開かれる音がした。
「ちょっとクライス! また勝手に開けて……」
「事前に連絡入れてるから平気だって」
賑やかな声。いつからか、兄弟二人だけになってしまった家にも友人らが来るようになった。フォークにも笑顔が増えて、ツキにとってもいいことばかりだ。
「こら、勝手に入れとは言ってないぞ」
「クライス君、クレインちゃん、いらっしゃーい!」
「よ、フォーク! おみやげ買ってきたぞ!」
「おじゃまします。ごめんなさいね、勝手に入ってしまって」
運命なんて、その分岐なんて、どこでどうなるかわからない。ただ、今の幸せに繋がっているなら、どんな道でもしかたがないしかまわない。友人らのおかげでそう思える。

病院の窓からも星は見えた。そのことにはしゃぐ彼女が可愛らしかった。
愛しい笑顔を何度も思い返しながら歩いていると、見慣れた顔に出くわした。
「ブラック、病院帰りか?」
「よくも毎日、あんなところに通えるもんだぜ。そんなに彼女が可愛いか」
バーへ行くと言っていたはずのアクトとディアにからかわれ、ブラックは「うるせー」と返す。そうしながらも、歩幅は自然と二人に合わせていた。
「そっちは? デートは中止かよ」
「店が思ったより混んでた」
「予想通りだっただろうが。だから俺は部屋にいたかったんだよ」
こうして並んで歩くことも、昨年の今頃は想像できなかった。互いに互いの都合や思惑を優先していて、仲良くなんかできるはずがないと思っていた。
向こうから走ってくる彼とも。
「ブラック、お帰り」
「なにやってんだよ、アルベルト。リアを誘うのは?」
「今日は諦めた。グレン君たちと楽しそうにしてるから、明日でもいいかなって」
その「明日」という言葉を口にするまでも、随分と色々あった。たくさんのものを喪ったし、喪いかけた。今も苦楽をともにしたメンバーには、一人足りない。
「カスケードさん、元気かな」
アクトがぽつりと言う。
「元気だろ。あのカスケードだぜ?」
「落ち込む暇もないほど、向こうは忙しいみたいですから」
「アイツはちょっと働いた方がいいと思う」
それを聞き逃さず、畳み掛けてくる言葉。
心配なんかしていない。ただ、気になるだけ。

メリテェアは自宅から電話をかけていた。相手は東の小国にいるカスケードだ。
「こちらは星がとてもきれいに見えますわ」
「こっちも今日はいい天気だ」
本当に、きれいに晴れた。見とれていたら、思わず眠くなってしまうほどに。
「さっきまで、夢を見ていた」
「夢ですの?」
「ああ。よく覚えてないけど、変な夢だったような気がする。……ただ、不思議と後悔がない」
「声色もなんだかすっきりしているようですわね。きっといい夢だったのでしょう」
……「きっと」。
何度も夢に出てきたような気がするけれど、詳しくは思い出せない。
「今日はゆっくりおやすみなさいませ。きれいな星を眺めながら」
「ああ、そうする。おやすみ、メリー」
もしも、この星空に願いをかけるとしたら。
こんなふうに平和な時が、ずっと続きますように。
たとえそのために、たくさんの傷が生まれた過去があったとしても。


僕が一つ願いをかなえてもらえるなら。
ずっとずっと、君のことを、君の大切なものたちを、見守っていたい。
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2013年07月02日

彼女のいない数週間

原作「True Songs」の補間妄想、カスケード視点です。
こんなことがあったかもしれない、くらいの話。



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2013年06月27日

ルーファと酒豪二人の話

ルーニアとレヴィの話。
後半若干いちゃこらしてるので注意。



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2013年06月21日

父の日の贈り物

家族に感謝を伝える日、というものがエルニーニャにはある。
母、父、祖父母など。毎年その日に合わせてイベントが行われている。
けれども、全員がその日を感謝の気持ちだけで迎えられるのかといえば、そういうわけでもない。
人にはそれぞれの事情があり、心情がある。

「どうしよっかなぁ、父の日……」
イリスはカタログを見ながらうなる。
毎年「家族の日」は兄と一緒に何かしらの用意をするのだが、今年はこれまでと違う日になってしまった。
兄はその日、国内にいない。東の小国から絵の仕事をもらって、しばらくそちらへ行くことになっている。名誉なことなのだが、イリスには少しばかり困ったことになった。
「花は?」
「実家がドライフラワーまみれになるから、何年か前から花は禁止になってる」
「全部取っておこうとしてるのか……」
ルイゼンの提案も却下。よくよく考えてみれば彼女の父親はそういう人だった。子どもを溺愛していて、イベント毎に用意された贈り物の類は泣いて喜ぶ人だ。
「お兄ちゃんは忙しいから、相談もできないし……去年何あげたかも覚えてないんだよね」
「薄情な娘だな」
そういうわけで、イリスは頭を抱えていた。父が大好きで、何かしてあげたいと思っている。しかしこれまで生きてきた中であらかたのものは贈ったつもりだ。
消耗品は使わずにいつまでもとっておかれてしまうと困るので、日常で使うものを選んできた。しかしそうなると、同じものを贈るわけにはいかなくなってくる。かさばると色々面倒だ。
「参考までに。ゼンはお父さんに何か贈る?」
「オレ? うーん……靴磨きセットとか。父さん外での仕事多いし」
「消耗品か……」
「ケースとか残らないか? 中身はちゃんと使ってもらってさ」
「何の話だ?」
二人がああだこうだと話しているうちに、メイベルとフィネーロが仕事を終えてきたようだ。まずは「お疲れ様」と言って、それから事情を説明した。
「父の日にお父さんに何を贈ったらいいかって話」
「それで、参考にオレが何を父さんに贈るかって話をしてた」
「なるほど」
フィネーロが頷いて、「参考になるかわからないが」ときりだした。このあと自分たちへその話が及ぶことはわかっていたので、先手をとったのだ。
「僕は兄達と被らないように相談し、その上でブックマーカーをを贈ることにした。うちでは定番のものだが、父上の場合、いくつあっても困らないからな」
フィネーロの父は元軍人であり、かつ文人だ。今はエルニーニャ国内の学問の最高峰であるレジーナ大で教鞭をとっている。
とにかく資料を集めて読み込み、それを教えていく仕事なので、フィネーロの選択は実用的だ。
「フィンらしい、良いプレゼントだね」
「お兄さん達と相談できるのもいいな」
イリスは読んでいたカタログの端にメモをとりながら、ルイゼンはただただ感心しながら聞いていた。
和やかな空気が漂う中、そこへヒビを入れたのは彼女だった。
「父の日など、花や物品をここぞとばかりに売ろうとする企業の策略ではないか」
冷たく言い放つメイベルに、イリスとルイゼンはハッとし、フィネーロは溜息をついた。
メイベルには父親がいない。厳密には、彼女がその人を存在していなかったことにしている。
彼女の家は母親が一人で大勢の子どもたちを育てていて、父親はそういったことに一切関与してこなかった。稼いだ金は自分の娯楽に注ぎこみ、家族をかえりみることはなかった。
時折帰ってきたと思えば、金を無心し、家財を破壊し、一家に暴力を振るってまた出て行く。そんなことがあったから、メイベルはその男をもう親とは思っていないのだった。
そもそも彼女が軍に入ったのも、父のおかげで生活が苦しい家を一刻も早く救うためだった。
その事情を知っているから、イリスとルイゼンはまずいことを話してしまったと思い、フィネーロは「こうなることがわかっていたから自分が話していたのに」と呆れたのだった。
「じゃ、じゃあさ、メイベルは母の日に何かプレゼントした?」
イリスは「父」から話題をそらそうとする。しかし、返答はそっけないものだった。
「物より現金のほうが家の助けになる。いつものように給料を家に入れて、それっきりだ」
もとより労働で対価を得ることを重視し、娯楽にあまり興味を持たないメイベルだ。誰かに贈り物をするということも、フィネーロと出会うまでは想像したこともなかったという。
困り果てて言葉を継げないイリスと、何を言っていいのかわからないルイゼン。そんな二人を助けたのは、メイベルといる時間が一番長い彼だった。
「イリスが彼女の父君に贈ることのできる、最も価値のある物は何だと考える?」
フィネーロがこう尋ねると、メイベルは何かを考えるようなそぶりを見せた。
彼女自身のことではなく、彼女が大好きなイリスについて考えさせる。それがこの場のためにもなるし、メイベルの心の平穏の為にもなる。
しばらくして、メイベルはぽつりと言った。
「帰って顔を見せてやるのが一番良いんじゃないか?」

父の日当日、イリスは父とともに街を歩いていた。
結局メイベルの案を採用し、そこから発展させて、父と一日デートをすることにした。兄がいないからこそできることだ。
父は当然大喜びし、イリスも大好きな父を独り占めできる、二人にとって価値のある贈り物だった。
「お父さん、今日はいっぱい、いーっぱい遊ぼうね!」
「ああ、いっぱいな。イリスの行きたいところはどこだ?」
「お父さんが行きたいところに行けばいいと思うけど。でもしいて言うなら、アイスクリーム食べに行きたい!」
「俺もそう思っていたところだ。よし、行くか!」
父の腕に抱きつきながら、イリスは思う。
一緒に考えてくれた仲間達に、もう一度ありがとうと言おう。
それからメイベルとは、時間を作って一日出かけよう。彼女にはもっともっと、楽しい思いをしてもらわなければ。



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2013年06月10日

薄着の季節のいつぞやの。

初夏を迎えたエルニーニャ。昼間の気温は上がってきており、かといって冷房をきかせすぎると体に良くない。
そこで軍が採用したのが、夏季略装だった。男性はワイシャツに肩章と国章、そして階級章をつける。女性は同じようにしたベストを着用する。
もちろん危険の伴う任務の際は防護着として上着を着用するが、普段は薄着でもかまわないということになっている。

「……まぁ、私服視察多いとそんなに涼しくも思えないんですけどね」
特に暑い日となった今日この頃、略装をしていても溶けてしまいそうだった。
私服での任務が多い者は、むしろ略装が辛い。こんな日にかっちりとしたシャツを着ていたくない。
そういうわけで、第三休憩室に集まったいつものメンバーはうだっていた。
「グレンさんなんか特にそうじゃないですか? 私服のときのほうが布面積狭くてうなじセクシーですよね」
「カイ、暑さで頭がやられたのか。今楽にしてやろう」
半分冗談の台詞を吐くカイに、グレンがいつものように銃口を向ける。見慣れた夫婦漫才を止めようとするものは誰もいない。通常営業にわざわざツッコミを入れられるような気力は、ここにいる人間は持ち合わせていなかった。
「それにしても暑いな。ハル、水分と塩分はちゃんと摂れよ」
「うん、アーレイドもね。……あ、首の後ろ冷やすといいみたいだよ。ボクもアーレイドみたくまとめちゃおっかなあ」
「それは可愛……涼しそうだな。そうしとけ」
アーレイドから予備のヘアゴムを受け取ったハルは、ちょっと悩んで室内を見渡した。リアがいればすぐに髪をまとめてくれるよう頼むのだが、今ここにはいなかった。それどころか、女子は一人として存在していない。
というのも、全員で特別教練に参加しているらしく、丸一日不在なのだ。
「誰か器用な人やってー」
「ハル、オレは」
「アーレイドは後ろに回ったら抱きつくからだめ」
ぴしゃりと拒まれ、ただでさえ暑さで気が遠くなりかけていたアーレイドはダウンした。
ハルはそれにかまわず、とりあえず得意そうな人を選んで近づいていく。
「ツキさーん」
「はいはい」
頼まれたツキはハルの髪をまとめあげながら、ちらりと他のメンバーを見る。
それぞれのシャツの着こなし方が当人らしいことに気付いて、思わず笑いが漏れた。
グレンやハル、アルベルトはどんなに暑くてもボタンをきっちり留めている。真面目さがそのまま表れているようだ。
カイ、アーレイド、ブラックなどはある程度開けてしまっている。これはツキ自身もそうなのだが、普段からの緩さか、あるいは我慢しきれなかったかだ。
ここにカスケードがいたら、間違いなくちゃんとボタンを留めていないだろうなと思う。彼は今、イストラの地でどうしているだろうか。
遠い地に思いを馳せながらハルの髪を結い終わったところで、ちょうど室内にメンバーが増えた。
「あっちい! 何なんだよこの暑さはよ!」
乱暴に戸を開けて入ってきたディアは、さっそくボタンをはずし始めた。ある程度どころではない、全部だ。
「馬鹿、そんなだらしない格好するな」
その後ろからやってきたアクトは、……なんといったらいいのか、こんな日に見ていたら暑くてたまらないような格好だった。
「なんでアクトさんはこの気温で上着なんか着ていられるんですか」
「この方が直射日光当たらないから涼しいんじゃないかと思って。あと傷見えるのやだ」
「お前異常だぞ」
そもそもが熱を吸収しやすい色合いのエルニーニャ軍服を、アクトはブレずに着込んでいる。しかも汗すらかいていない様子だ。
対照的なコンビの入室によって室内の人口密度が上がり、温度が上昇する。ブラックが舌打ちして呟いた。
「誰か出てこうってヤツはいねーのかよ……」
「お前が出てけよまっくろ黒すけ。熱吸収しまくりだろうが」
「うるせー、お前が出てけバカイ。ディアとアクトも暑苦しいから来んな」
「あぁ? 何か言ったかクソガキ」
「……おれが暑苦しく見えるのは否定しないけどさ」
人数が増えたことと暑さにいらだっていることで、わいのわいのと言い合いが始まる。ツキは苦笑いしながらそれを眺め、涼しそうな髪型になったハルは「やめましょうよー」と言葉だけでも止めようとする。
グレンは呆れて溜息をつき、アーレイドはまだ回復しない。
そんな中、それまで黙っていたアルベルトがぼそりと言った。
「……二酸化炭素増えて余計暑くなってるんですよ。黙ってればいいのに」
その一言で、「あ、今日この人機嫌悪いやばい」と全員が察した。

旧資料室は暗く、暑い日でもひんやりと涼しい。
クライスは必要な資料を取りに来るついでに、この快適な環境を満喫していた。
「いいなあ、クレインたちは。水難救助訓練って、要するにプールじゃん……」
今朝クレインから得た情報によると、女子の特別教練は希望者のみのものだったようだ。しかし、今日の気温を考えれば、選択した者はかなりの得をしたことになる。
それにひきかえ男どもは……おそらく今頃、いつものように第三休憩室に屯しているのだろう。こんなに暑いのに。
「おや、クライス君。こんなところにいましたか」
「あ、どうも」
ほとんど誰も来ないような資料室に来たのは、クリスだった。彼も何か探しにきたのだろうかと思ったが、すぐに壁に寄りかかったところを見ると、どうもそうではないらしい。
「涼みに来たんですか」
「ご名答です。こんな日に第三休憩室に集まる人たちの気が知れません」
「クリスさんがポニーテールにするくらいの暑さですもんね」
クリスの長い髪は普段と違い、一つにまとめあげられていた。昔はこっちが主流だったんですよ、ということだ。
「この部屋、略装だと肌寒いくらいですね」
「そうですね。でもオレたちだけの秘密にしておきましょうよ。大挙して来られたら室温が上がる」
「ボクも同じ意見です」
二人は顔を見合わせて笑った。

教練を終えて帰ってきた女子は、実にさっぱりとした顔をしていた。
「楽しかったですね、プール!」
「ラディアさんが溺れ役になったときは大変だったけど。溺れないで泳いで行っちゃうから」
遊びに行っていたわけではないが、やはり今日の選択は正しかったらしい。クレインですら、呆れながらも機嫌は良さそうだった。
「シェリーさんが本当に泳げないとわかったときは大変だったけどね」
「シィもちゃんと泳げてなかったでしょうが」
「まぁまぁ、二人とも。今日で泳げるようになったんだからいいじゃない」
シィレーネとシェリアの軽口の叩き合いを収めながら、リアはメリテェアへと視線を送る。本日の教練担当は彼女で、きちんと成果が出せるよう適切な指導をしてくれたのだった。
「メリーちゃん、ありがとう。これでいつ事故にあっても安心だね」
「あわないのが一番ですわ。……そもそも、地方へ遠征にでも行かない限りは使いどころのない訓練ですし」
「もしものときのためだよ」
笑顔で司令部へ戻ってきた女性陣は、このあと男性陣のヘタレっぷりに驚くことになる。


東の小国、イストラ。エルニーニャの中央部よりは涼しいこの地で、カスケードはラジオニュースを聴いていた。
「うわ、エルニーニャそんなに暑かったのか……こりゃ不良あたり死んでるんじゃないか?」
このときばかりは、イストラに来ていて良かったと思うカスケードであった。



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2013年01月01日

対等なあなたへ

結局、大総統室で年を越してしまった。
この地位について初めて、一年の始まりを迎えた。年末になってから発生した少しばかり大きなヤマの後始末をしていたら、いつの間にか日付が変わってしまったらしい。
「……まあ、仕方ないか」
呟いて、一人笑ってみる。せめて楽しみをと思い、重厚な資料棚からワインの瓶を取り出して、栓を抜いた。
同じように新年を迎えた人間が他にもいるはずだ。ならば電話越しにではあるが、彼と飲むのもいいだろう。
はたして、その予想は大当たりだった。ダイヤルした先では、こちらと同じように仕事を終えたばかりの国軍トップが、孤独に酒をあおっていた。
「ダイさん、新年おめでとう」
左手に持った受話器に声を預ける。
「おめでとう、レヴィ。まさかとは思うが、お前も職場か?」
返ってくる声は、なるほど、不機嫌ながらもサプライズには喜んでくれているようだ。
「まさかだよ。いやあ大変だね、お互い」
「これがトップの宿命だ、覚えておけ」
対等な立場で、状況を分かちあって。こんなふうに話せるようになるなんて、昔は思っていなかった。
あれから何度も新しい年を迎えて、変わったものと変わらないものがある。今年は特に、それを感じることができた。
地位は変わったが、友情は変わらない。
「今年もよろしく。友人の一人として、国の代表として」
「ああ、また飲みに行こう。今月中に一度、妻と娘に会いに帰るから」
「それ、オレと飲まない方がいいんじゃないの?」
二つの国が繋がって、二人のトップが談笑して、新しい時が刻まれていく。
今年は、どうか平和で。きっとはかない願いだが、望まずにはいられない。




あとがき
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2012年10月19日

エイマルと声の夢

ふと気がつくと、エイマルは椅子に座っていました。どこか見知らぬ場所に、椅子だけがぽつんとあるのです。
「おかあさん。おじいちゃん」
呼んでみても、思う姿は見えません。椅子から立ち上がることもできず、ただただ心細くなるばかりです。
困り果ててしまったエイマルがあたりを見回していると、どこからか声が聞こえてきました。
「誰を探しているんだ?」
その声は、エイマルの大好きなおじさんのものによく似ていました。けれども、少し違う気がします。
首をかしげていると、声は笑いました。
「そうか、わかんねぇよな。会ったこともねぇから、仕方ない」
エイマルがますます混乱していると、姿の見えないその人はこう言いました。
「俺は、お前のじいさんだ」
「おじいちゃん? でも、おじいちゃんの声と違うよ?」
エイマルには一緒に住んでいるおじいちゃんがいますが、その人とは全く違う声です。それに、毎日会っています。
「お前のいうおじいちゃんってのは、母さんの父さんだろ? 俺はお前の、父さんの父さんだ」
「おとうさんの、おとうさん?」
確かに、その人とは会ったことがありません。エイマルが生まれる前に、死んでしまったと聞きました。
「お前は、自分の父さんのことは知ってるんだな?」
声が尋ねます。エイマルは頷いて、答えました。
「おじさんが、おとうさん。でも、おとうさんって呼んじゃいけないの」
「そう教えられてんだな」
見えない「おじいちゃん」は、深いため息をつきました。
「お前の父さんがそう言うのは、俺のせいでもある。俺が生きてりゃ、そんなことにはならなかったんだ」
「そうなの? ……よくわかんない」
お父さんをおじさんと呼ばなければならないことは、エイマルには難しい問題でした。ただ、そうしないといけないようだからそうしていました。
大好きな人に、悲しそうな顔をしてほしくないのです。
「エイマル、お前は優しい子だ」
そのとき、頭にふわりと何かが触れました。撫でられたみたいでした。
「お父さんって、呼べるようになるといいな」
ちょっと寂しそうに、「おじいちゃん」は言いました。でも、とても優しい声でした。

目が覚めると、エイマルは見た夢をすっかり忘れていました。
けれども、なんだか胸のあたりがぽかぽかしていました。



あとがき
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2012年09月22日

グレイヴ誕にも敬老の日にも間に合わなかった

ある日の昼下がり、グレイヴはいつものように掃除をしていた。
広めに空間が設定された、マンションの一室。グレイヴが生まれ育ち、今は父と自分の娘との三人暮らしの我が家だ。
住み始めてから長いと言っていい月日が流れたが、部屋は綺麗な状態を保っている。もちろん昔のままというわけではないが、父や自分の几帳面さが見えるようだ。
そして彼女の娘であるエイマルにも、その性格は受け継がれているらしい。
グレイヴがダイとの間にもうけた一子である、エイマル。父親不在という状況でも、明るく優しい少女に育っている。
毎日を楽しそうに過ごし、日々の出来事を日記につけるのが彼女の日課だ。
時々見せてくれるので、グレイヴも内容を知っている。年相応、いや、少しばかり背伸びしたところもある、可愛らしい日記だった。
思い出して、小さく笑ってから、グレイヴは掃除を再開する。そうして娘の部屋を覗いて、一冊のノートを見つけた。
表紙には几帳面なエイマルらしく、なんのノートなのかがきちんと書かれていた。
タイトルを見て手に取りたくなる気持ちを抑え、グレイヴはもう一度微笑んだ。


『おじいちゃんとあたしの交換日記』


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2012年04月24日

世界歴539年4月24日

広い軍施設の敷地内には、身寄りのない者や生前にそこへ葬られることを希望していた者らが眠る墓地がある。
彼らは殉職者であるから、軍の資料に生きた証が記録されている。
しかしそこにあるのは、関わった仕事や功績であり、個人の人となりといったものはやはり近しい者たちの胸に刻まれている。

わたしの父の親友は、若くしてこの世を去ったという。
父に大きな影響を与えた人物だったようだ。
わたしと兄は、その人についての話をよく聞かされた。兄の名前はその人に由来しているといったことなど、何度も聞いて記憶している。
父が親友を、親友が父をどれほど好きだったか、わたしたちは伝聞だけでも充分に理解できた。

「お父さん、ニアさんはそんなにお兄ちゃんと似てるの?」
ニア・ジューンリーの名が彫られた墓碑の前で、わたしは父に何度目かの質問をした。
「優しいところも、本気で怒ると恐いところも、よく似てるよ」
父は微笑んで答える。
「それから笑顔が太陽みたいに明るくて、あたたかいのも」
「生きてたらお兄ちゃんと並んでもらったのに」
「そうだな、そうだったらすごく幸せだっただろうな」
ニアさんは、父の原点であり、人生の象徴だという。
彼がいなくなってしまった後、父は幸せを失ってしまったのだろうか。
「今は幸せじゃないの?」
「幸せだよ」
しかし、わたしの問いに父は即答した。
「お母さんがいて、ニアがいてイリスがいる。友達もたくさんできた。俺は親友を失ってしまったけれど、不幸になったわけじゃない」
父はわたしの頭を撫でて言う。
「あいつが生きてたらもっと楽しかったのは、間違いないけど」「うん、わたしも会ってみたいな」
供えた花が風に揺れた。
軍の一員として、人として、父を今でも支え続けているその人が、すぐそこにいるような気がした。あとがき
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